お知らせ。
あまりにこちらのブログが重くなってしまったので、もう一つ別ブログを開設しました。
名前も『海色の風』。
別に意味はありません。まぁ、続編って感じですね。
でも、こちらのブログも大事なのでまた記事、書けたら書きたいと思っています。
とりあえず、『海色・・・』はドール関係重きでしょうね。
近況を載せながらになると思います。
よかったら、またのぞいてみてください♪
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あまりにこちらのブログが重くなってしまったので、もう一つ別ブログを開設しました。
名前も『海色の風』。
別に意味はありません。まぁ、続編って感じですね。
でも、こちらのブログも大事なのでまた記事、書けたら書きたいと思っています。
とりあえず、『海色・・・』はドール関係重きでしょうね。
近況を載せながらになると思います。
よかったら、またのぞいてみてください♪
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どうして、こうも私のまわりには理不尽な怒りばかりが存在するんでしょう。
腹を立てる私の心が狭過ぎるのか。
もっと、穏やかに、「まぁまぁ」って許さないといけないのか・・・。
でも、そんな人間にはなりたくないんだよね。
なんか、やっぱり、おかしいもの。
相手にぶつける勇気はなくっても、自分の中だけでも怒っていようと思います。
今日もいっぱい、アップするぞ~!
一応、自立しています。
美月が一番小さいんだね。
同じような写真ばかり続きます。
この後、美月が後ろに倒れました。
バターンって音がして、めちゃショックでした。
美月の顔が泣いてるみたいで・・・かわいそうだった。
でも、前向きに倒れなくてよかったです。
カッコイイね~、キースくん!
ローファーよりも下駄を履かせたい感じ・・・。
よろしゅうに。
昨日は仕事場でめちゃくちゃ腹が立つことがあり、この怒りどうしてくれよう!ってところまでいってました。
最近、あまりなかったのにね。
帰ってきて、ドールをガン見してしまいました。
ちょっと癒されました。
自分の過失で怒られるならわかりますが、どう考えても理解できないようなこと(一方的な向こうの個人的理由)で攻められるのはわけがわかりません。
でも、ここが雇われている人間の切なさで。
ただ、すみませんと謝るしかない。
悪くないもんと思っていても、演技ってわかるくらいあからさまな謝り方でも、負けを示さなきゃならない。
本当は言いたいことがいっぱいあるけど、大人の対応で口を結ぶ。
でも、本当にこんなのが大人の対応なんだろうか。
個人のお店は、個人のものだからね、やっぱり。
これがもっと大きいところだったら、言えてるかも知れない。
とにかく雇用主というのは強すぎます。
私がビビリ過ぎかもしれませんが。
でも、ビビるでしょう・・・。
現場の現実をもっと見て欲しい。
なんで売り上げが下がっているのか、知って欲しい。
とりあえず、一日たってもまだ治まらないです。
いつ、治まるのかなぁ・・・。
キースです。
ちょっと前に冬星の友達としてやってきました。
学ランが恐ろしく似合っています。
いつか全体像が撮りたいですね。
はぁ~。ちょっと気が治まった。
(写真の順番:キース→冬星→ジョアン→慈雨→美月→彗)
でも、これ以上ついていけなくなったら、たぶん辞めます(仕事)。
今までの髪型は、前髪を下ろして、おでこを隠すことが多かったです。
でも、最近、おでこを出す髪型にしてみると、なんか開けたというか。
第三の目が開眼したというか。
ものすごく何もかもがクリアに見えるようになった気がしてます。
そんなんで、思い切ったこともやってしまったんだろうな。
時には生きてくためだけに使うんじゃなく、楽しむためにお金を使いたくなった。
全然余裕なんてないんだけど、毎日頑張っている自分へのご褒美。
もうすぐ届きます。
夢を追い続けるアイテム。
元気になれると思うんだ。
今日、あの子は休みだったのか元気な声は聞こえてきませんでした。
唯一、それを楽しみに行ったのに・・・。
でも、違う人のステキな笑顔に出会えたし、まっいっか。
近々、ブログの内容が変わるかもしれません。
ここしばらくをかけてじっくり壊れてしまった私が行きついた先は・・・。
趣味に走ります。
って言うか、その予定。
まだはっきりとはお伝えできませんが・・・。ただでは壊れないってことです。
ただ、このブログ、かなり重いんで、そっちが心配です・・・。
今日は母の日。
妹が花束を送ってきて、彼女は喜んでいる。
私は。GW期間からずっと喧嘩をしているから、その様子を覚めた目で見ている。
・・・・・・・・・。
『お店』の入っているスーパー。
バイトだった子が今年、正社員になったって。
いつも笑顔で向こうから挨拶してくれる。
目が合ったときだけじゃなく。
仕事をしているときに背中から聞こえるやさしい声。
振り向くと馴染んだ笑顔。
それだけで一日が保てるほどの元気をくれる子。
スーパーのパートさんの中にはそういう精神的に支えてもらってる人が数人いて。
買い物をする時はその人たちのレジを選んでしまう。
レジでほんの些細な会話をするだけなのに、この満たされる安心感はなんなのだろう。
せめて、その人たちが辞めない間は私も頑張ろうと思ってる。
そういう働き方もいいんじゃないかなぁ。
最近、自分のブログにさえ砂時計が出てくるようになりました。
重いんだろうな・・・相当。負荷がかかってるみたいなことを時々、パソコンが言ってるし・・・。
それを無視し続ける私も私で・・・。
困ったものです。
そうそう、今日のとある大会に塾の元教え子が出ました。
結構、走りに力を入れてきてるみたいです、わが町は。
教えてた時にはそんな片鱗、全然見えなかったのに、ぐんぐん成長する。
スゴイなぁって、本当に思います。
あんなに泣き虫だったのに・・・。
ほんと、よく泣いてた・・・。
声を殺して、大きな目から大粒の涙をぽろぽろ流すものだから、いたたまれなくなって、「もう帰ってもいいよ」って、何度言ったか知れません。
きつく言ったことはなかったから、自分に悔しくて泣いてたんでしょうね。
今でも、泣き顔しか思い浮かばないってくらい、その泣き顔には弱かったなぁ。
それが、今じゃ・・・。
ただ、ただ、ビックリですわ。
これは、負けていられない。
私も頑張らなきゃ。
いい刺激を受けました。
今日は休みです。
関東のほうは雪が降っているとかニュースで言っていましたが、こちらは快晴。
そして、少し暖かい。
普段、人の中にいるために、休みの日はほとんどこもっています。
こもっているには、もったいない天気なのですが・・・。
今年は優先順位をしっかり守って、楽な方にばかり逃げていないで責めの気持ちで・・・って思っていたのに、なかなか上手くいきませんね。
それでも、一応、そういったことを頭には置いているので、少しはマシになるのかなぁ。
今日、なんとなく見ていたTVで『人間も肉と一緒で、腐りかけがおいしい』と発言されていたのを聞き、『そうなのかぁ~』と妙に感心してしまいました。
そう言えばお客さんの誰かも、『こういうお菓子は日がたったののほうがおいしいんですよ』と言ってはりました。
TVで言ってはったのは、でも、『熟成される』という意味ではなく、『ダメになりかけが一番いい』という意味で言ってはったのだと思います。
つまり、人間も、もうあかんって追い詰められた時に考えられない力を発揮するってことなんだと・・・。
ぬるま湯の中では絶対に生まれないもの。
そういうものを自分は幸運にも持っているのかもしれないと、漠然と思いました。
芸術家の必要条件は『血と涙と汗』だそうで、私は困難にぶつかったり、悲しいことに涙する度に、これは私という人間に与えられたものだと思うようになったんですよね。
『何か』になる未来の自分のために用意された試練みたいな・・・。
最近では、「まだ足りないんですか」って、反対に聞きたくなるけど。
今があって未来があるという考え方より、『未来があるから、今がある』という考え方が好きです。
その未来はいつなのか・・・。
待っているだけじゃ、絶対やってこない。
自分から、近づいていこう。
年が明けてから、なかなか更新が出来ずにいました。
別にこれと言った理由はないのですが・・・。
今年は決戦の年にしたいと密かに思っています。
ブログに書いたら、密かでもなんでもなくなりますね(笑)
去年はひたすら、耐えた年だった。
なので、今年は一気に攻めに転じたい・・・かな・・・と。
まず、5月にミステリー関係の公募があるので、今書いているのを応募したい。
以前、入っていた童話の同人関係の友人が本を出されたそうで、年賀状にその旨を報告されてました。
こういうのを見ると、前なら、ただ羨ましいのと妬ましいので複雑な心境だったりしたのですが、今回は違いました。
次は自分の番だ!って思えました。
やっぱり、少しは書いているからかな。
なかなか進んではいないけど、ちょっとだけ形にはなってきたかな・・・と。
5月までに、なんとか書き上げたい。
今まで、全部中途半端だったから・・・。
設定がころころ変わりすぎて、ついていくのが難しくなりかけていますが、なんとか修正して主導権を握り返したい。
登場人物たちが勝手に動き始めてて、難しいですが・・・。
決戦は5月です。
今日が仕事納めでした。
なんか、まったく年越しも新年を迎える実感もありません。
でも、クリスマスから毎日仕事だったので、やっと休めます。
風邪も少しよくなるかな・・・。
今年はよく泣いた年だったので、来年はそうならないように期待したい。
でも、全部自分にかかってるんだよね。
みなさん、こんな拙いブログに今年一年付き合ってくださってありがとうございました!
また、来年もお付き合い頂けたら、本当に嬉しいです。
クリスマスイブに、甥っ子にプレゼントをあげました。
もちろん、サンタさんを二人は信じているので、夜中に枕元に置いて・・・。
今年はお兄ちゃんの方には将棋のセットを弟にはゲームのセットを・・・。
スゴク喜んで、将棋の勉強などもして、とても楽しそうなのはいいのですが・・・。
何か、腑に落ちない。
去年はそう思わなかったけど、今年はなんか面白くない。
だって、彼らは私からだとは知らないんですよ。
で、私は何もくれないと思っている。
これって、面白くないでしょう?
うすうす、誰かがくれたと思うようになったとしても、それは、おばぁちゃんかママだと思うんじゃないでしょうか・・・。
私は何もしてくれないと思われるのが、また癪で、別にプレゼントを渡しましたよ。
絵本や、かるたや、手品セットや、将棋の入門の本や・・・・。
何をしてるんだろう・・・私は。
と、思った今年のクリスマスでした。
この頃、ほぼ毎日、仕事を辞めたくなっています。
塾じゃない方・・・。
この不景気において、雇われる方はなんて不利な立場に追いやられるんでしょう。
頑張っているのに、頑張ってないように見られる。
売れないのは私たちのせいなのか?!
縦のつながりが悪化しだすと、横の関係もおのずと悪くなってきて・・・。
お互いが足の引っ張り合いみたいになってる。
なんで、仲良くやってきたのにこんなことを言い出すんだろうみたいなことが、びっくりするほどあります。
前からそういう人だったのか、それともはけ口がこちらを向いただけなのか・・・。
だけ、ってことはないね。
一緒に頑張っていこうというなら、まだしも・・・。
もう、辞めた方がいいのかなと、今日は真剣思いました。
掛け持ちで迷惑をかけているのはわかっていたけど・・・。
向こうは向こうで、我慢が限界になったのかな。
でも、こういうことがあるので、人間は怖いです。
自分以外の人間のことはわからないし、わからなくて当然。
だとは思うけど・・・。
優しいと思っていた人がそうじゃなかったかもしれないっていうのは、一番きつい。
信頼してたわけなので・・・。
この時期に何を甘えたことを言っているんだというのは自分でもわかっている。
仕事があるだけマシじゃないかって、強く思う。
だからこそ、これは愚痴。
私のブログだから。
逃げ場にしなきゃ、前を向いて進めない。
12月は嫌いになってしまいました。
ほんまに、忙しすぎる。
しかも、風邪は治らない・・・。
う~。
とりあえず、甥っ子のクリスマスプレゼントは買ってあるし、ケーキもうちの店のを予約したのを持って帰ってくるだけだし。(明日、妹たちが来るので)
そうそう、明日は塾のスタッフのささやかなクリスマス会もあるんでした。
ケーキを食べて、お喋りするだけだけど・・・。
一応、それぞれにビーズで作った指輪をプレゼントするつもりでそっちも用意してあります。
夏にあげたときはみなさん喜んでくれたので、今回もそうだといいな。
自分が何かをして喜んでもらえるって、最高じゃないですか。
たかがビーズ細工ですが、それでもあの人たちの『嬉しい』が見られたら、私も嬉しい。
今から、少しだけ楽しみです。
風邪がますますひどくなった。
咳が止まらない。夜もそのせいで眠れません。
今日は、朝出勤だったのに・・・。
でも、ちゃんと起きました。
アラームが鳴ったら、条件反射で起きる・・・から。
人と喋ってる時、咳が出始めると、もう悲惨です。
涙目になるし・・・。
この人大丈夫か?という、みなさんの視線がちょっと悲しい・・・っていうか、申し訳ないって言うか、複雑な心境になります。
塾もお店も、マスクしています。
今どきのマスクじゃなく、布のやつ。
あれは、やさしい。
かけてる本人が付け心地のよくないと思うのは、やっぱりね・・・。
なので、ちょっと割高ですが、布マスク。
夜もこれをして寝るとマシらしいけど、ちょっとそれは・・・。
でも、今日も寝られなかったら、やってみよう。
最近の雇用打ち切り問題・・・人ごとじゃないって感じです。
『辞める!』『嫌だ!』『自分の場所じゃない!』って、散々、日ごろからえらそうなことを言っている私ですが、首を切られるっていうのは、困る。
そういうのを、調子がいいって言うんだろうけど。
でも、この不況に、例外はないと思う。
塾は生徒が確実に減っているし、和菓子屋さんはお菓子が売れないし・・・。
だから、最近、売り上げを上げることに力を入れてます。
今日も、マスクをしながら、たくさん売りました。
売って、売って、売りまくってやる!みたいな・・・。
自分のためなら、必死になれるってところが、悲しい・・・。
もっと、人のために頑張れよって感じですよね。
なかなかねぇ、余裕がない心では優しくも、強くもなれない自分です。
でも、とりあえず、頑張る。
風邪が治りかけたと思うと、またひどくなるという繰り返しです。
早く寝るようにはしているんですが・・・。
パソコンの調子もあまりよくない。
重いんだな。
他のブログを見ようとしても、すぐ固まってしまう。
画像がたくさんある人や、大きな画像を貼っている方のはまず無理・・・になってしまった。
いらないものを消していけば、軽くなるんだとは思うのですが、その時間がなかなかないのが実状で・・・。
メールとかもオークションをやっているのでかなり頻繁にくるから、あれをまずどうにかしないといけないんだけど・・・。
えーっと、でもそれよりはまず風邪を治すこと。
飲んでいる風邪薬が、眠気を催すもので、仕事中どれだけ眠気を我慢しなければいけないことか・・・。
風邪自体にあまり効いている気がしないから、変えようかな・・・。
この間引いた風邪を引きずっているのか、軽い咳が相変わらず出ます。
冬の時期はずっとこんなのだから、この先もまたグズグズやってるんだろうな。
今日は珍しく、朝からたくさんお饅頭や大福やお団子や・・・売れて、ホクホクでした。
こんなことは本当に、ここ最近なかったから、素直に嬉しかったです。
接客をひと段落終えた頃、友人が寄ってくれたのですが、『楽しそうやね』と言われて、苦笑いでした。
いつも、『嫌だ』『嫌だ』と言ってるので・・・。
確かに、楽しいときもあるんだと思う。
でも、それを絶対に認めたくない自分がいる。
そんなに裏切られるのが怖いのだろうか・・・。
怖いです。
『楽しい』と口に出した途端、それを簡単に裏切る何かが待っているような気がしてならない。
そういうことが今までに何度もあったからね。
軽いトラウマですね。
いや、ホントに軽いのか?
重いでしょう。
重症じゃないですか。
だから、素直に自分の仕事を『楽しい』と言える人が羨ましい。
『大変なこともあるけど、楽しいよ』って、言えることが。
ある人には、『天職みたいやん』って言われた。
自分でも、そこまでは思わなくても、結構、お客さんあしらいが出来てるじゃないかと思うこともある。
まぁ、70%以上がはったりで出来上がっている分ですが。
はったりも使いこなせてきたって言うか、身についてくるもんです。
一種のアクトレスみたいなもんですね。
成りきりにほかならないですから。
いろいろ紆余曲折しながら、頑張ってるもんなぁ。
嫌だって言っても、やるしかないもん。
でも、『嫌だ』というのはこれからも言い続けるでしょう。
嫌なことがあったら、また、すぐに『今度こそ絶対辞める』と言うでしょう。
私にとって、癒しの言葉はそれだから。
魔法の言葉とも言えるかな。
ここしばらく、なりをひそめていた自律神経失調症の症状が出ています。
季節の変わり目とか、天気のはっきりしない日は危ない。
うーん。
塾の方は同僚の一人に家庭に不幸があったので、しばらくお休みということでかなり負担が回ってきたし、お店の方も12月はとりわけ忙しいので休みが少なく・・・。
巷では大変なことになっているのだから、これくらいで甘えていたらいかんとは思うんですが、体は正直にと言うか、顕著に不調を訴えてきます。
みんながそういう状況なので、自分ひとり『しんどいです』とも言えず・・・結局、また我慢するしかないんだろうな。
そういうことがもっと図々しく言える人間だったら、もともとPDや自律神経失調症にはなっていなかったわけで・・・。
この性格はどうもなかなか変わらないようです。
仕方がないので、仕事へ行ってきます。
あと、三日行ったら休みだ!
膨大なリストラが決行されていますね。
日本はどこへ行くんだろう。
こうなることは誰もがわかっていたんじゃないの?
私は本当に自分でも嫌になるほど、仕事が嫌いな人間だけど、今のところ仕事があるだけ幸せなんだと思わなきゃいけないね。
本当に毎日、そう思います。
それでも、嫌な気持ちはなくならないんだな。
それが辛いところです。
『感謝』『感謝』と口にしながら、心で渋面を作っています。
でも、仕方ない。それが私だから。
だからって、手抜きしてないので。
それだけは誇れる。うん。
例の手術されたおじいさん、また会いました。
前より、元気になって『日持ちのするもん』を買いに来てくれました。
『だいぶ、よくなった?』
と聞くと、いや、まだまだアカンわ、って言ってました。
そこで、『そんなことないやん』と言うとダメだと思ったので、『それはそうやね、時間かかるもんね』って言ってたらうんうんと頷いて満足そうに帰って行かれました。
そのあと、いつも見かけるけど、一度も話したことのなかったおじいちゃんが小餅を買ってくださって、またひとしきり喋っていました。
私、おじぃちゃん、おばぁちゃんと話が合いすぎる。
また、話すと元気をいつももらえる。
だから、しばらくは辞められないな。
売り上げ落ちて、いろいろ言われて、ストレスも溜まりまくりだけど。
もうしばらく、頑張ってみよう。
最近、母にいろんなものをあげる癖が止みません。
これは、今まで、母の日、誕生日等にプレセントしてきて、喜んで受け取ってもらったことが皆無ってくらいなかったことの反動なんだと思う。
今、なぜか、母がセーターにしろ、手作りの指輪にしろ、嬉しそうに受け取ってくれるので、その顔見たさに、ここずっとビーズの素材をオークションで落としては渡し続けています。
セーターも何枚、あげたことか・・・。
自分用にと買ったものまで、ほいほい、あげています。
自分でも完全におかしいと思うのだけど、止められない。
貢くんって、こういう心情なのかなぁ。
相手の嬉しい顔を思うとつい散財していまうという・・・。
私はそうはならないと思っていたんですが・・・(苦笑)。
結局、なんの親孝行もしていないっていう負い目もそうさせているんだと思う。
それと、やはり今まで贈ってたときにしてもらえなかった笑みを見たいっていう、切ない願望が・・・。
夜に勢いであげて、朝になって『なんであげたんだろう』って思うこともよくある。
喧嘩をした後は『返して』と言いたくなることも。
いろんな、昔のトラウマが今になって反応しています。
最近、『柏餅一個』とか、『団子二本』とか・・・いう単位で買われることが多くなりました。
不況の波はもはや、じわじわという程度ではなく、確実に私たちの仕事に影を落としています。
塾もしかり。
時間数を減らされたり、っていうのは前からもあったけれど、暖房や電気にまで及んでくると、なんというか心まで寒くなります。
不況だから、仕方がない。
っていうのは、なんか言い訳にもならないっていうか。
現に、お店の方は売り上げが減ったことをもっと頑張らないからだという言い方をされます。
実際、でも店に立つとわかるけど、お客さんの数自体が少なくなってきているし、また財布の紐も本当に固い。
今まで買ってくださっていたお得意さんも素通りされることもざらじゃないし・・・。
とりあえず、顔に不況が表れないようにだけはしたいと思っています。
なかなか、難しいけど。
今日、手術をされたおじいさんに退院後、初めて会いました。
他の人から、もう買い物に来られてることと前とは全然元気がないということを聞いていたので、とても心配していたのですが、思ったより私には元気そうに見えました。
向こうから、声を掛けてきてくれたし。
他の人のときは素通りされたって言ってたから。
自分で『すぐには元に戻れんわ』ってちょっと弱気にも取れる発言をされてたけど、『そりゃ、こないだ手術したとこやもん、時間はかかるけど、ゆっくり元に戻るから』って言うと、『そうや』って頷いてくれました。
よかった。
本当に。
おまもりのビーズの犬、退院祝いにあげようかな。
でも、犬って、安産のだっけ・・・?
昨日のことです。
接客していたら、店が入っているスーパーのレジ係りの人が背の高い男の人を連れてこられて、『お金をもらってください』と言われました。
私は忙しくしてて気がつかなかったのですが、なんでも、そのお客さんがうちの商品をスーパーのレジの方へ持っていって『この商品は○○さんのお店で払ってください』と言われたにもかかわらず、そのままスーパーを出て行ったというのです。
で、そのレジの方はわざわざ、他の人にレジを代わってもらって、その男の人を追いかけて、車に乗ろうとしていたところを発見し、車の窓を叩いて、その人を引き摺り下ろし、うちまで連れてきてくださったんです。
その男の人は確信犯だったようで、値札も取っていて、私が値段を確認している間に『もうよいわ』っていなくなってしまいました。
もうよいわ?!
万引きしておいて、すみませんじゃなく、『もうよいわ』ってなんなん!!
しかも、その人は一万円札を手に持っていた!
お金がないわけじゃなかったんだ!
腹が立ちました。
売り上げ、少なくなってみんな大変なのに・・・。
でも、そういうこと以上に、私はそのレジの人の気持ちが嬉しかった。
普通、自分の店のことじゃなかったら、自分の仕事を放ってまで追いかけないかもしれない。
しかも、その人は小さい方で、取った男の人は180cm近くあったと思います。
みためはひょろっとしてたから、怖くない感じだったけど、それでも何があるかわからない。
それにもかかわらず、その方はうちの店のために体を張ってくださったんです。
もう、涙が出るくらい嬉しかったです。
その人は入られてまだ半年くらいの人だと思うけど、挨拶しても笑顔でいつも返してくださるし、スーパーで買い物をしてその人のレジになったときも、『お疲れさまでした』って言ってくださる方で。
本当に、頭が下がる思いでした。
自分にはそこまでは出来ないかもしれないと思うと余計に、その人はなんて素晴らしいんだと思った。
人間、まだまだ捨てたもんじゃないって。
仕事で頭打ちの日々ですが、神さまからの贈り物だと思って頑張らなきゃ。
私は、風邪を引くといつも『風邪を引いた』と言って回るタイプです。
そういうのを今さらに気づいて、今日は聞かれるまで言わんとこかなって思ってたら、結局誰にも聞かれませんでした。
声が全然、違うっちゅうねん。
咳もしてるっちゅうねん。
もぉ。
熱が私にしては高かったので、ちょっと普通のテンションとは違ったでしょうに。
あかん。
やっぱり自分で言わないと。
こんな時くらいしか、同情を勝ち得ないという世知辛い世の中だのに。
明日は言う。
『風邪引いた~』って。
先に言われたりして。
『私も』って言うと自分に対して淋しいな。
やっぱり、先手必勝で先に言おう。
タイミングやな。
うーん。自転車降りた時に出会ったらすぐに言う。
顔見てすぐやな。
うん、わかった。
明日に備えて、もう寝ます。
風邪をひきました。
気力が弱っている時の風邪というのはテンションもぐーんと下がりますね。
仕事のこと、毎日考えている。
だから、あんまり休んだ気がしないのかなぁ。
でも、今日は本当に休みでよかった。
塾の日だったけど。
遠いので。
塾の方もいろいろあるけど、こっちはめったに辞めようとは思わないのにな。
(実際、辞めようと思ったことは何度もあったけど。)
やりたいこととやらなきゃいけないことが一つにならない。
同じになったことがない。
いつか、なるのかな。
そうなるためにあとどのくらい頑張らなきゃいけないのかな。
まぁ、本当に辞めることは難しいけど。
『辞めたい』『辞めたい』って言うと少し楽になる。
聞いてる人は全然楽じゃないと思うけど。
母もしんどいだろうな。
ゴメン。でも、あなたにも知っていて欲しいから。
だって、たったひとりの家族だから。
今日も失敗しました。
しかものっけっから・・・。
頑張ろうと思った矢先、これだもの。
いつも、そうです。
調子に乗ってなんかいないんだけどな。
誰かがどこかから見てて、『あのこ調子に乗ってるから、へこませてやれ』ってイジワルされてる感じ。
そういうタイミングです。
そういう星の下に生まれたんじゃないだろうか。
だから、好調時に浮かれたり、絶対しない。
好調時も嬉しくても嬉しくないふり、してしまいます。
もう、どんだけ人生、損してるんや・・・って思いますね。
失敗って言っても、準備の段取りをしていてのことなので、商売には差し障りはないんですが、上の人にね、『この人、ほんま使えんわ』って、思われたと思うから、やっぱり失敗です。
そういう自分(使えない自分)を認めるんじゃなく、まださらに言い訳してる(自分にですが)自分が情けないと思ったり。
でも、今日は本当は自分のシフトじゃなかったのに・・・なんて考えると、ものすごく悲しくなるんですよね。
ついてるとか、ついてないとかってレベルじゃないのだけど、そういう風に考えてしまう。
もう、どっぷり暗い一日でした。
そういえば、前に書いたかもしれないけど、私はバチが当たりやすい人間で。
誰かの悪口を言ったり、悪いことをすると数分を置かずに何かあります。
足の小指を硬いものにかーんとぶつけたり、入れたばかりのコーヒーをこぼしたり、ビーズのたくさん入っている箱をぶっちゃけたり。
先日はものすごい寒い日にホットの缶コーヒーのボタンを押したのに、キンキンに冷えたアイスコーヒーが出てきました。
嫌なことは忘れるに限るけど、嫌なことに限ってなかなか忘れられないんだよね・・・。
サイアク。
和菓子屋さんでバイトを始めて、もうすぐ一年半がたちます。
『もう』なのか、『まだ』なのか、自分でも判断が分かれるところです。
私の不幸は、どんな仕事に就いても、楽しいと思おうとしないこと。
『楽しい』と、ウソでも思いながらするほうが絶対トクだし、楽なのに。
理由はわかっています。
『楽しい』と思って、裏切られるのが怖いんですよ。
好調が長続きしない人間なので。
で、なんか嫌なことがあると『ほらね。楽しいと思わなくてよかった。思ってたら、もっと傷ついてたよ』って、傷が最小限で抑えられたことにホッとしてるんです。
本当に、傷つくのが怖いやつ。
親にもしょっちゅう、『臆病だ』、『気が小さい』と言われてきて、もともとそういう素質もあったんだろうけどけど、軽く洗脳されたとも言えないような・・・。
よく言う、石橋を叩きすぎて壊すタイプです。
だから、どんな仕事に就いても心から楽しんで働くことは出来ないんだろうな。
塾はそれでも、楽しいうちに入りますが、でも、いろいろあるしね・・・。
仕事を楽しいと考えること自体、間違っているとは思うけど、本質的には仕事は苦しくても楽しいと思いながらしたいという考え方なんですよ。
でも、そう出来ない自分が悲しい。
『裏切られる』というのは、それほど自分にはイタイことなんだなぁと。
嫌々でも、同僚やお客さんの前ではそういうのを顔に出さないようにしているので、みんなは私がいつも『やめたい』と思っていたりすることさえ知らない。
一年半も週3回とはいえ、その店にいると、顔見知りが知らないうちにたくさん出来ていて。
例のおじいさんもそうだけど、他にも名前の知らない、でも顔は知ってるという知人は、町を歩けば必ず声をかけてくれるし、私も声をかける。
仕事はいつも、テンションが上がることはないけど、副産物っていうか、知らず知らずに得ているものもあるんだなと思う、今日この頃です。
野望は風前の灯って感じにまでしぼんでいます。
まぁ、こんなもんです。
それは、わかっていましたから。
好調を維持するのは本当に大変、っていうか、続かないんだもの。
2,3日かなぁ。
こういうのは私にはよくある話なので、前の記事をアップするのもためらわれたんですが、そういう時って、気持ちも大きくなっているのでつい、やっちゃうわけです。
とりあえず、小説は完成させるつもりではいますが・・・。
もはや、話が頓挫しかかっている・・・。
犯人がこれじゃすぐにわかるやろう。
うーん、伏線を張るのが好きすぎて、伏線ばっかりやん。
そのうち、犯人、やっぱりこっちの方がいいかなぁとか・・・。
そしたら、動機は?
主人公を振り回す、振り回す。
そうやって、ぐるぐるしているうちに嫌になる・・・というのが毎回のパターンです。
こんなん書いても、紙の無駄にしかならん。
とかね。
休みの日にそればかりにかかりきりにもなってると、休んだ気がしないとかね。
ものすごく自分勝手。
こういうわがままなパターンはなかなか治らないように思います。
いいです。もう。
とりあえず、努力はするけど、無理なことはしない。
気力がまた満ちた時に上を目指そう。
今度、朝出勤が続きます。
休みの日に電話で『代わってもらえないか』って言われたんですよね。
なんか、それを受けてから元気がなくなったような気がします。
まぁ、悪いことがあれば、次はいいことがあるさっていう思考にはなってきてるから、へこみも小さいはずなんですが。
うーん、朝かぁ~。(本当はかなりこたえている・・・)
今、密かに思っている野望があります。
ここに書いてしまうと、密かにではなくなってしまうのですが、まぁ、いいでしょう。
さて、その野望とは。
今、書きかけている推理小説を書き上げて、どこかのコンテストに応募すること。
で、それがどこにも引っかからなかったら、日本語が堪能な英国人をスカウトして、英語訳にしてもらい、アメリカかイギリスの出版社に持込んでみること。
なぜなら、今書いている推理小説の舞台はイギリスだから。
もろ、アガサ・クリスティの影響です。
彼女の作品はほとんど読みましたので。
彼女のテイストの作品なら、書ける。
あくまで、テイストですが・・・。
児童文学の方は、またあとにして、今はとにかく『書く』という行為を貪りたい。
ずっと、ずっと、書けなかったから。
それが推理小説のアイデアを思いついてから、さくさく書ける。
次から次に言葉が浮かんで、あふれそうになるくらい。
頭の中を開いて、その言葉の束をしっかり結んでおきたいほど。
まだ、序章の段階だけど、一応簡単なプロットは出来ていて。
犯人も決まっている。
ただ、トリックがまだ定まらない。
稚拙なんだなぁ。
でも、書いててすごく気持ちがいい。
これが、仕事をどうしても辞める勇気を持てない自分の最後の手段で、七転八倒するくらい悩んだ挙句の行動だとしても。
例え、B級の小説しか書けないとしても、何にもしないより絶対いい。
登場人物も書き出しも、こんなに簡単に思いついたのは初めてといっていい。
今は、この小説を書き上げる時間が欲しい。
どうせ、またすぐに書けなくなるというか、行き詰るのはわかっているから、少しでも進んでいたい。
それにしても、あれだけ書けなかったのに、舞台を外国にした途端、書けるようになったのはなぜなんだろう。
もうすぐ年賀状のシーズン(?)です。
(なんか、よくわからない日本語ですが、ちょっと先を急いでいるのでさらっと流してください。)
毎年、今頃になると、憂鬱になるのが友人から届く年賀状の宛名について。
ずっと前にも書いたんですが、親しい人の中に私の苗字を間違えて覚えている人がかなりいるんですよね。
読み方を間違えている人が4,5人。あと、年月と共に漢字までまったく変化してしまった人が1人。
もう、なんでやねんって突っ込みたくなるくらい、その人のは違う。
ここまで違うとどう訂正の言葉を言えばいいかわからなくなって・・・。
違い始めたのが、去年の年賀状から。
それ以後、私の苗字はその名前でその人の中でインプットされているみたいです。
この間、ちょっとした機会があって、言おうと思ったけれど、言えませんでした。
なぜか、ものすごく悪いことを告げようとしているみたいなイヤーな気持ちになったんです。
で、読み方を間違えている4,5人というのは同じ職場の人で。
1人が間違えて呼ぶようになって、それを聞いていた人がみんな、その人を信じて呼ぶようになったという・・・。
最悪な展開です・・・。
最初に間違えて呼ぶようになった人はとても親しい人なので、余計に『その人の呼び方は正しい』とみんなも思ったのでしょうね。
あまりに親しすぎて、かえって言えないというのがホンネです。
きっと、その人にしたら、『なんでもっと早く言ってくれなかったのか』って思うでしょうね。
でも、なかなか、言えないもんですよ。なんか傷つけそうで。
でも、言わないと延々、騙してるってことになるのかなぁ。
厳しい選択です。(優柔不断のツケがこんなところに・・・)
朝は本当に苦手です。
意志で動いているというよりも、頭の中のコンピューターで自動に動いている感じ。
次にあれをしてこれをしてというのがインプットされていて、そのままなぞって動いているという・・・。
嫌だとか思い出したら、そこでストップしちゃうんだろうな。
余計なことを考えるほど頭が覚醒していないから、ほんと、まさにロボットみたいに機械的に行動しています。
朝出勤の日はいつもそんな感じです。
たくさん和菓子やギフトを売ったけど、あんまり覚えていない。
っていうか、なんかもう昨日のことのようです。
やばいなぁ・・・。
そうそう、今度手術をするというおじいさんが『買うもんないけど。』って寄ってくれました。
まだ、手術まで間があると思っていたから、お守り、用意していなかった。
『手術までにまた来るでしょ?』って聞いたら、『もう、来ない』と言われて・・・。
いつも見送る背中がいつも以上に淋しそうに見えた。
どういう風に声を掛けていいかわからず、『頑張ってきてね。また、元気な顔を見せてくれるのを待ってるからね』というようなことを言いました。
おじいさんは笑いながら、手を振ってくれてたけど。
お守りを渡していたら、少しでも手術の不安をとりのぞけたかもしれないのに。(お守りのことは言ってなかったけど)。
自分の甘さが悔しかった。
『今』しなきゃいけないことを後回しにした罰だ。
今もあの後姿が頭から消えない。
今度、元気な顔を見るまで、ずっと消えないだろうな。
せめて名前を聞いておくんだった。
いつも顔を見てるのに、名前を知らない。
おじいさんは一人暮らしだから、きっと入院中、不自由だろうな。
病院の名前はわかっているけど、『何時々、入院されたおじいさんのお見舞いなんですけど・・・』では、入れてくれないだろうな。
うーん。困った。
今度、元気になって来てくれたら、名前を聞いておこう。
人の縁って、一度関わったら、終わることはないんだと思う。
だから、きみのこともずっと心配しているよ。
もう、私に出来ることは何もないと思うから存在は消したけど、幸せを祈る気持ちには変わりはないよ。
遠い場所から、見守っているよ。
この間、和菓子屋さんで交代の時、
『楽しそうに仕事してるよね』と言われました。
えー!どこがっ!
なんか、忙しそうに動いているのが飛びはねているように見えたそうです。
まぁ、確かにあっちゃこっちゃ、うろうろはしてる。
してないと間が持てない。
特に暇な時はね。
きっと、他のお店のお客さんの目がなければ、ぼーっとすることも出来るのでしょうが、とにかく、気になる、人の目、目、目。
だいぶ慣れてきたつもりではあるけど、しんどいです。
消化試合って、こんな気持ちなのかなぁ。
私の仕事に対する気持ちはそんな感じです。
塾の方は、もう少し違ってくるけど。
人間相手は変わりませんが、塾の方は人間を育ててるって張り合いがあるから。
なかなか、毎日、人生について考えさせられます。
自分の人生だからね。
考えるのが当たり前なんですが・・・。
後退してるとは思わないけど、前にも進んでいない。
PDも騙し々に変わりはないし。
ここんとこ、肉体疲労、精神的疲労でメニエールも復活してるみたいだし。
なんか、いろいろ難しいです。
ただ、どっぷり深みにはまっていないだけましなのかな。「080611_201602.jpg」をダウンロード
私が和菓子屋さんで店番(みたいなもの)をしていると、いつも寄ってくれる顔が3,4人います。(友人を除いて)。
その中でも、一番初めに声を掛けてくれて、お菓子を買ってくださったおじいさんが、もうすぐ入院して、手術をされるそうです。
名前は知らないけど、本当のおじいちゃんみたいなんです。
冗談が好きで、野球が好きで、『甘いものはホンマは食べたらあかんのやけどな、あんたの顔見たら、買わなあかんしなぁ』と言って、一人暮らしなのに何個も買ってくれる大お得意様。
寒くなってきた途端、顔が隠れるほどの大きなマスクをして、『風邪ひいたん?』と心配して尋ねると、『予防、予防!』とニコニコしながら教えてくれる。
今度の病気は、ちょっと大変みたいだけど、早く元気になって、また顔を見せてよね。
入院まで、間があるからお守りをつくろうかなぁ。
人間で悩み、人間で癒されているという日々です。
なんかわけわからなくなる。
猫やビーズやパワーストーンでも癒されているけど、一番効くのは、人間の笑顔や好意。
その人たちは、私が悩んでるとか、疲れているとか、まったく知らない人たちなのに・・・。
人に会うと疲れるけど、パワーももらってるんだなぁと思います。
それでも、やっぱり決定的なものは自分の中にある。
自分の中をなんとかしないと、根本的なものは何も解決されないんだともわかっています。
動じない心とか、あったらな。
んー。でも、そういう問題でもないかな。
ちゃぷちゃぷと、混沌とした青色の水の中、まだもがいている感じです。
仕事のことで悩んでいます。
最近、不信感が拭えないことが多すぎて・・・。
今までも、個人のお店ではあまりいい思いをしていないこともあって、『個人のお店でだけはもう働かないぞ』と思ってきたのだけど、やっぱり正解だったかな。
結局は保身。
それは会社も一緒なのかな。
歯車っていうのも。
大きいものに巻かれるか、小さいものに巻かれるかってだけで・・・。
疲れた。
自分がこれ以上なくなる手助けを自分が進んでやってる気がする。
一生懸命働くってことは、自分の中の小さな疑問に目をつぶるってことに繋がって・・・。
ほんと、しんどいな。
頑張れば、頑張るほど、泣きたくなるのはどうしてなんでしょう。
この頃、疲れたとか、しんどいとか言ってばかりなので、心配したのか、父がよく夢に出てきます。
父の車で買い物へ行くという夢。
まるで、父が今も元気で生きているかのような楽しい夢で、目が覚めてから、現実ではないということに、かえって驚いているような、とてもリアルな夢です。
なんか、そういう夢をよく見るようになってからか、不思議と、もうすぐ父に会えるんじゃないかと思っている自分にまたビックリします。
心の中で「そんなことあるわけないじゃん」と思いつつ、でも、なぜか野生の本能みたいなものがそう思わせている・・・というような。
それと同じ感じでフクにも会えるような気がしているんです、もうすぐ。
この、『もうすぐ』というのが、いつなのか、それはわからないけど、でも、『もうすぐ』という言葉が自然と頭の中に浮かんでくる。
これって、なんなんでしょうね。
疲れがそろそろ、ヤバいのかな。
今日は歯磨き粉(ペスーストのですが)で顔を洗ってしまいました。
洗顔フォームと色も形体も同じ感じので、危険は感じつつ、それでもそこまで間違わないだろうと思っていたんですが・・・。
急いでいたのと、考え事をしていたので、まったく思いもしませんでした。
なんか泡立ちが悪いな、と首を傾げつつ、時間もなかったし、顔に塗りつけていると、スースーとしてなんか目が痛い。それに、歯磨き粉の匂いが・・・。
そこまできて、やっとわかったんです。
慌てて洗い落としましたが、いつまでもひりひり、スースーして困りました。
友人に話すと、『洗顔フォームで歯を磨かなかっただけいいんちゃう? あれの方が気持ち悪いやん』と慰められましたが、『あぁ、それもやったことある』と言うと『はぁ~』と言葉をなくしていました。
なんかねぇ~。
あー、明日働いたら、休みだ。
今日は、もう寝ます。
恥ずかしながら、般若心経がなかなか覚えられずにいます。
途中までは言えるんですが、その先がなかなか進まない。
覚える気がちょっと欠けているというのもあるんですが・・・。
こういうのって、ソラで覚えるのがいいのか、書いて、見て、覚えるのがいいのか。
般若心経のCDがあったような気がするから、それを延々聞いて覚えようか・・・。
そういえば、最近、頭の中でずっと流れている音楽があります。
もういいよ、と思っても、次の瞬間、また流れてる。
空耳というより、本当に近くで鳴っているんじゃないかと思うほどです。
焼きイモの機械から流れてくる、お気楽な音楽です。
これって、お店のすぐ近くに設置されているので、ずーっと仕事中、聞かされているわけです。
でも、スーパーの店内には他の音楽も流れているし、普段はマヒしちゃってるのか、気にならないと思っていたのですが・・・。
家に帰って、静かな部屋にいると聴こえてくる。
いつまでも仕事場にいるようで、なんとも嫌なんですが、追い出しようがない。
頭の中で何を考えようが、おかまいなしで、鳴っている。
これも一種の洗脳なんでしょうか?
そのうち、焼きイモの匂いまでしてきたりして・・・。
人に薦められた本って、どうして読めないんだろう。
『絶対、感動する!』とか、『ものすごく面白い!』とか言われて読んで、感動したり、面白かったためしがない。
本は好きなので、よく本屋さんへ行くし、買ったりするけど、この頃、何を買ったらいいのかわからなくなってしまいました。
いろんなメディア(ブログも含む)の書評とか読んで、興味を持ち、本屋さんで手に取り、数行読んだ段階で、『違う』と思ってしまう。
へんに期待しすぎるのかなぁ。
自分がどういうのを期待しているか、自分でもよくわからないけれど、でも文体にはかなり重きを置いていて、好きな文体じゃないと、その先、どんなに感動する場面があったとしても一ページくらいで断念すると思います。
気分にもよるかもしれない。
軽いのを読みたい時もあれば、そういうのを嫌悪する時もあったり・・・。
でも、とりあえず、食わず嫌いをなんとかして、読みたいのがあります。
本屋さんでもう何度手に取ったか・・・。
数行読んで、首を振り、値段を見て、やっぱり・・・と書棚に返す・・・という繰り返し。
オークションで買おうかな・・・。
正規の値段ではいつまでたっても読めそうにないし。
秋になったので、テンプレートも変えてみました。
といっても、あまり秋っぽくないですが・・・。
ただ、前のと比べると字が読みやすい。
前のは前ので、宮沢賢治の童話っぽくって好きだったんですけどね。また、夏になったら復活しよう。
石(パワーストーン)のおかげか、いつもよりは気分の浮き沈みも少ない気がするけれど、やはり外的要因に左右されてる今日この頃です。
今日(もう昨日になりますが)はなんとか大きな失敗もなくやり遂げましたが、前回の失敗が未だに尾を引いているという感じかな。
友人とも話していたんだけど、最近『スミマセン』とか人に頭を下げるとか、そういう行為に抵抗を覚えるようになってしまった。
お店屋さんに勤めているとどうしても、毎日、そんなことばっかりだから、嫌になったというのもあるかも。
お店の上の人に頭を下げ、お客さんに頭を下げ・・・。
別に卑屈になる必要は一つもないんだけど、なんか負けてる感じ。
そもそも、勝ち負け云々じゃないんだけどね・・・。
なんか、いつも疑問に感じながら働いているってことでしょうか?
自分のいるべき場所はここじゃないって、どこかで強く思っているから。
反感がどこかにあるっていうのは、自分でもうすうす、わかっている。
でもそういう反感っていうのは、誰しも被雇用者なら持っている類のものなんだけど、それにプラスアルファ、自分の都合っていうのも加算され、この頃じゃ、本当にいつまで働くかわからないとまで思ってしまっている。
やっぱり、失敗と叱責がこたえてるんでしょう、要は。
早い話、嫌なことがあるとすぐ辞めたくなる人間なのです、私という奴は。
で、また、そう思いながら、結局はズルズル辞められないという優柔不断な奴でもある。
話は全然違いますが、先日、塾に行く途中、フクちゃんにそっくりの猫を見ました。
やせてて、薄汚れてて、絶対、これはフクちゃんだと思って、自転車を降りて、声をかけたけど逃げられました。
よその家のガレージで日向ぼっこをしてたんです。
うちの家からは何キロも離れたところだから、たぶんフクちゃんじゃなかったのかも。
家に帰って写真を見たら、模様が少し違っていた気もするし・・・。
でも、本当に生きている気がしてきた。
今もまだ諦められない私にそっと神さまが会わせてくれたのかな。
人生において、人から注意を受けたり、叱られたり、一度もしたことがないという人はめったにないだろう。
でも、子供の頃、おとなしかったり、結構聞き分けがよく、いい子だったりすると、そういう経験というのは少ないわけで。
かく言う、私も、どちらかというと、あまり怒られた記憶はない。
つまり、いい子だったというわけです。
いい子は大人になると、少ししんどいかもしれない。
打たれ弱い・・・というか、いつも自分が正しいという思い込みを持ちがちである。
だから、注意をされたり、怒られたりすると(自分を否定されることも含む)、かなり落ち込みます。
素直に自分が悪いと思えないというか・・・。
理不尽な叱責なんかは、別に自分が悪いわけじゃないというのははっきりしているから、案外、『はいはい、すみませんね』みたいに流せるのだけど(一応、ムカツいたり、腹をたてたりするけど、忘れるのも早い)、自分が半分くらい悪い場合はちょっと始末が悪い。
『みんなやってるのに、なんで自分だけ叱られなきゃいけないんだ』とか、『いつもはしないのに、たまたましたばっかりに怒られた』とか・・・。
結構、たちが悪いですね。逆切れ?
でも、大人になると、いらないプライドなんかも育ちきっていて、人から小言を言われるのって、かなりキツイんです。
でも、元を返せば自分が悪いんだけどね。
叱られると嫌な気がするから、ついは子供たちを許してしまうけど、今のうちに叱っておくというのもその子たちが大人になって、打たれ強くなるためにも、また逆切れしなくなるためにも、大切なことなのかなと・・・。
最近、自分が注意を受けるという場面が続いたので、ちょっと反省の意味も込めて、考えてみました。
うん。ちょっと楽になった。
最近、体の疲れがはんぱじゃない気がする。
年なんかなぁ。それとも、更年期なんとか?
でも、それには少し早すぎるだろう・・・。
塾はまだそうでもないんだけど、和菓子屋さんの方は力使い果たしてるって感じかなぁ。
気を張りっぱなしっていうのが、そもそも私にはよくないんだろうな。
適当に手を抜けるところは抜いているつもりだけど、しんどさっていうのは忙しい、忙しくないに関わらず同じような・・・。
なかなか、自分が思い描く未来には程遠い生活を送っている。
休みの日に、次の休みの日を待ち望んでいるなんて・・・。
充実していないわけじゃないのに、なんか虚しい。
全部、自分の力不足のなせる業なんだけど・・・。
こんだけ頑張っている自分を貶めたくないっていうのも本音だったりします。
頑張っているけど、頑張る方向性がやや違っているっていうのか・・・。
確かに頑張っていないわけではない。
全勢力でやらなきゃならないすぐ目の前のことをこなしている。
そう、【こなしている】んだ。
『毎日』がまるでベルトコンベアーの上の荷物のようにやってくる。
んー、そんな感じでしょうか。
こんなので進歩は望めないね。
方向性の違う努力は、必ずしも結果と結びつかない。
ふー。
でも、これを突き抜けたら、ものすごいものが待っているかも。
ただでは起きないというのが信条だし。
とりあえず、後ろ向きにだけは歩かないんだ。
無駄な努力でも、それが誠実に生きている証だから。
今を生きているという証拠。
このしんどさもみんな、そういう生きているものだけの快い痛み・・・なのかも。
阪神・・・負けちゃったなぁ。
でも、よく頑張ったよ。
嬉しい時間をいっぱい、過ごさせてもらったし。
息切れしたんだよね。
それも人間らしくて、スゴクいいよ。
完璧じゃないところが、また、阪神らしい。
オリンピックがなかったら、絶対、阪神優勝してたし。
皆、そう思っているよ。
林ちゃんも、故障がなかったら、大活躍してたのにね。
でも、また来年があるよ。
来年、また夢を見させてください。
『ねんきん特別便』来ました。
でも、正直、わけがわかりません。
こんなんで皆、よくわかるなぁ。
不親切とか、そういうレベルじゃないね。
『間違い』とか『もれ』がそもそも、わからない。
何を元に調べたらいいのって感じですよ。
電話で聞くっていうのも、フリーダイヤルじゃないやん。
友達に聞こ・・・。
本当に意味がわからないです。
最近、パワーストーンに凝っています。
ビーズを始めてからかなぁ。
一緒に落札した(オークションで)中に天然石(水晶)が混じっていて、それを手にした途端、放せなくなってしまいました。
よくわからないけど、持っているとスゴク落ち着きます。
そういえば、私が仕事や外出の時にしている腕輪も砂金石のです。
砂金石は茶金石ともゴールドストーンとも呼ばれる、アベンチュリンの一種で、人工石なんだそうです。
暖かいレンガ色に金の星を散りばめたように、本当に綺麗で、見ているだけで癒されます。宇宙をね、感じさせるんですよ。
効果として、疲れを取り除き、精神を安定させてくれる力があり、嫌な人間関係を一掃してくれるんだとか・・・。
うん。とりあえず人間関係は良好だ。
母ともあんまり喧嘩してないし・・・。
その母が友人に一番気に入っていたネックレスをあげてしまい、ものすごく嘆いていました。
なんでも、初めはあげる気はなかったらしいけれど、ノリでついあげてしまったんだとか。
その友人という人はほぼ失明されてる方で光程度しかわからないらしいのだけど、母が時おりつけていたネックレスはキラキラしていたのでわかっていたそうなんです。
で、自分もそんなのが欲しいなと思っていらっしゃったらしい。
母は気がつくと「これ、私が一番気に入っているものなんだけど、あげるわ」って言っていたんだそうです。
砂金石の大粒の多面カットのを使った、かなりよく出来たものでした。
余分にあると作れるんだけど、あいにくそれがすべてで・・・。
あんまり悲しむので、ネットで調べて、同じ型のを注文してあげました。
その友人の人はスゴク、スゴク、喜んでくださったらしいし、あげて、きっとよかったんだと思う。
『同じのを注文したから』と言うと、パッと明るい表情になって、その日は仕事から帰ってくるといつも以上に手の込んだ料理が待っていました。
なんかね、子供みたいです。
母のことをそんな風に思ったことなんて一度もなかったのに、本当に不思議です。
これもパワーストーンの威力なのかな。
そうそう、話は違いますが、今日(もう昨日か)、スーパーで買い物中、小学生の万引きを見ました。
低学年の3人組。
こそこそじゃなく、堂々とやってた。
誰も見てないと思っていたのかなぁ。
違う場所でリュックの中に入れて、また他の場所でやろうとしてたから、お店の人に言いました。
本当は私が注意したかったけど、同じ店の中で働いているのでちょっとためらわれて出来ませんでした。
その子たちは「ごめんなさい」で許されたらしい。
もっと、親を呼んだり、学校に言うぞとかって脅したらよかったのに。
あれは何度もやってる感じだった。
ずっと成功してたんだろうな。
子供も悪いけど、見て見ぬふりをしている大人がいけないよね。
私も「何してるん?」って、言えばよかった。
一応、睨んでみたんだけど、全然効いてなかったしなぁ。
でも、こういう場面、見たくないけど、よく見てしまう。
子供たちだけでお菓子売り場にいる子たちは特に。
『万引きは犯罪なんだよ!』
親はちゃんと教えてるんだろうか?学校は?
もうね、頼みますよ。
ここ最近、休みになるとダウンしています。
寝込むほどではないんだけど、熱がちょっと出ますね。
やっぱり、仕事、向いてないのかな。
いっぱい、いっぱいっていうのは、自分でも自覚があるんですが・・・。
人に見られるお仕事っていうのは、本当にしんどいです。
私は知らなくても私を知っているという人は結構いるようで、ちょっと嫌だなとも思います。
たかが和菓子屋さんでそうなのだから、もっと人目を浴びて仕事をしている人は相当なプレッシャーを日々受けているんでしょうね。
本当に尊敬に値します。
これがスーパーの中になかったら、これほど視線を気にすることもないんだろうけど。
毎日、スーパーに買い物に来ている人の中で必ず寄って行く人もいて、その人とのお喋りにも疲れてしまったり・・・。
適当に流していくんだけど、むずかしいんだよね、これが。
でも、こーゆーのが『社会にもまれる』ってことなんだろうな。
私は社会に適応しているとは言い難いほうなので、自分でもよくやっていると思います。
猫のこと、ずっと書いてませんが、皆、元気です。
そして、一週間くらい前から、うちの物置の上に真っ黒の猫が居候しています。
プリンそっくりで、飼い主にも見分けがつきません。
唯一、違うのは尻尾と首輪の有無だけ。
顔なんて、まったく同じで混乱しっぱなしです。
母が朝夕、エサをあげてます。
私は今回は傍観者に徹しています。
そうすることが一番、いいことなんですよ。
率先して私がやると母が絶対反対するのが目に見えているので、あえて知らん顔をしているという・・・。
プリンもテールも追っかけて喧嘩するし、実は大変だったりします。
なので、まだ名前もありません。
モモより小さいかな。男の子です。
不思議ですね。
フクちゃんの生まれ変わりなんかなぁ。
一匹いなくなると、補うようにやってくる。
まだ、保留の子です。
母には趣味というものがありませんでした。
父が亡くなってからというもの、張り合いをなくしたように、ぼんやりと一日の大半をテレビだけ見て過ごしている母を見かねて、何か打ち込めるものをといろいろススメてみましたが、全く興味を示さず、どうしたものかと真剣に悩んでいました。
私は仕事で人とも接するし、会話もするけど、家に一日中いる母は刺激が少なく、明らかに元気がなくなっていったんです。
もともと、気が強いというか、元気なのが取り得の人なので、何のやる気もなく、生きていく張りを失っていく姿というのは見ているほうが辛くて・・・。
ある日、たまたま、私がよく指輪を無くすので、もうこうなったら自分で作ろうと始めたビーズの残りを母にあげたところ、隠れていた創作意欲に火がついたんでしょうか。
サクサクとネックレスを次から次へと作り始め、今では作品が50本近くにまでなったそうです。
正直、こんな楽しそうな母を見るのは初めてかもしれません。
父には何も買ってもらったことがないと言っていたから、その反動もあるのかもしれませんね。
女の人って、やっぱりキラキラしたものや、アクセサリーが好きですもんね。
私も以前はそれほどじゃなかったんですが、イミテーションであれ、ガラスであれ、キラキラには弱くなりました。
それに、癒し効果もあるみたいで、疲れたりすると自分で作った指輪を見てホーっとなったりしています。
でも、本当に、親子で同じ趣味がもてるなんて思ってもいませんでした。水と油くらい、合わなかったのに・・・。
わからないものですね。
私の指輪はオークションで出したこともあるんですが、結果は、売れませんでしたぁ。
で、今は友達や仕事仲間にプレゼントしています。
なかなか好評なのに、なんで売れなかったんだろう・・・。
チェコビーズやスワロフスキーも使っているので結構イケると思うんだけどな・・・。
一つ作る度にお互い見せるのですが、『これイイわー。お母さんがもらっておいたげよ』と言って私のはほとんど母のものになりますね。まぁ、これも親孝行の一環だと・・・。
そんな母は私を『手タレさん』と呼びます。
めったにない、母の褒め言葉にニヤニヤが止まりません。
いや、全然、違うんですよ。
本物の『手タレ』さんとは、ほど遠いんですが、まぁ、白いかなってくらいで・・・。
でも、かつては『何もしない手』と軽蔑の意味で言われていたので、それに比べるとえらい違いで、嬉しいわけです。
特別何もしてない手だけど、母に唯一褒められた手。
これからも、大事にします!
『愛想笑い』は接客業には欠かせないアイテムだと思っていました。
でも、今日、お客さんの話に合わせて笑っていたら、『笑うな』と言われてしまいました。
そういえば、同僚の人(この人の話は漫才を聞いているくらい面白い)にも、『そんなに笑わんでも』って、言われたことがあった。
別にバカ笑いをしているつもりは全然なかったのだけど、ちょっと大げさだったのかなぁ。
私は人の笑顔とか、笑った顔とか見てるのが好きだし、自分の話で誰かが笑ってくれたらものすごく嬉しい方なので、『笑うな』と言われて、ちょっと軽くへこみました。
別の同僚の人も、以前、違うお客さんにらしいけど『へらへら、笑わんといて。気持ち悪い』と言われたそうで、彼女も心底お客さんを大切にする人なのでショックだったらしいです。
私たちが普段している、お客さんに対しての笑顔は、『愛想笑い』だけど、作った笑いではないんですよ。
お客さんに対して、心を開いている証というか、怖くないから何でも言ってくださいっていう、オープンマインドの精神でやっていることで。
どんなに笑える状況になくても(内面の都合に関係なく)、笑顔で対するというのが接客業の辛さでもあるけど、でもそれは誇りでもあったりするんです。
でも、今日、そんな風に言われて、反対に今までが笑いすぎてたんかなぁと反省しました。
笑顔を気持ちよいと感じる人ばかりじゃなく、不快に思う人もいるかもしれないんだなぁ・・・と。
それは、たぶん、理屈じゃなく。
いろんな人がいる世の中だから、絶対、こういうはずだと決め付けて考えるのはダメなんだろうな。
これからは、あんまり笑わんとこう。
『微笑み』を心がけて。
でも、かなりむずかしい・・・。
忙しさの中に身を置いていると、自分が何処に向かおうとしているのか時々見失ってしまう。
だから、休みの日は必然的にそれを思い出す作業に費やされることになる。
でも、私には大事なプロセスも含まれていたりするので、結構時間がかかって、正直一日くらいの休みじゃ足りないんですけど・・・。
『初心に帰る。』
帰りだすと、「どこまで遡るんだぁー」ってくらい、遡らなきゃいけない。
芋蔓式に思い出が、あれもこれもと出てきてしまうから、戻ってくるのも大変で・・・。
でも、やっぱり、あの頃が一番幸せだったなぁと思い返すのはいつものことで。
OSK日本歌劇団に出会えたのも、私にとっては僥倖くらいの幸せな出来事だった。
友達に何気なく借りたビデオを観て、どうしても本物が見たくなって、めったに自分から動かない私が、あくる日から必死で公演を探していました。
それからは、毎週、奈良にある『あやめ池遊園地』に通う日々が始まっていたんだなぁ~。
朝が苦手の私が5時くらいに起きて電車で何時間もかけて・・・。京都駅のホームは走っている記憶しかないんだけど(笑)
好きなもののためなら、PDも我慢できるってことも知ったし。
その頃もいろんなことがあった時期だったけど、OSKが支えてくれていた。
自分の夢に向かって生きてもいいんだと励ましてくれた。
本当にたくさんの勇気とインスピレーションと輝きと癒しをもらいました。
あの頃はもう二度と帰らないけれど、ビデオの中に、私の記憶の中に、ずっとあの煌きや大切な言葉は残り続ける。
大好きだった人たちに会うために通ったあの場所はもうなくなってしまったけれど、近鉄電車の車窓から見た、生駒の山から見下ろす大阪の町の景色は、二度と忘れないだろう。
感動が人を動かすという大切なことを教えてくれた人たちに、本当に心からお礼が言いたい。
私もその教えを心に生きていきます。
自分のブログを英語で訳したのを見る機会があり、興味津々で見させてもらったのですが、はぁ、ちょっとびっくりしました。
『Translating』の時間がめっちゃ早いので、実際、えー、なんでそんなに早く訳せるんと感心していたんですが・・・。
私のは関西弁もよく使っているし、ごちゃごちゃした言い回しとかもあるし、どんな風にそれが訳されているか、非常に興味があったわけです。
おお、生きた英語の勉強が出来る!と。
だけど・・・。
『これはないんじゃない?』というのが、率直な感想です。
訳せないところは、日本語のままだし、意味合いも違うというくらい直訳です。
仕方がないんだろうな・・・とは思うけど。
世界の人が、もし私のブログを母国語で読んでくださる機会があったとしても、なんか、かなりわからないだろうなと思います。
例えば、前の記事で『折れる』と書いたものは、しっかり『It's broken』となっていました。
妥協する、とか、本意ではないけれどもとりあえず受け入れる、という意味だったんだけど・・・。
もう少し、わかりやすく書くべきなのかなぁ。
確かに自分の文章は稚拙だという自覚はあるのですが・・・。
フーム。
大体、初めから無理があるよね。
ところどころ、ちゃんとした英語になっているところもあるけど、ほとんどが無理やり英語にしている感じ。
実際、これを見ていて自分が何を書いたのかさっぱりわからんですもん。
また、この記事もヘンにTranslateされるんでしょう。
でも、それを押してでも読んでくださっているとしたら、本当にありがとうございます、です!
最近、また蒸し暑さがぶり返してきたためか、気分的に穏やかでいられない。
夏、精一杯我慢して、やっと涼しくなりかけてほっとしていたところの暑さなので、よけいにこたえるんだろうな。
そんな中、仕事関係でちょっとした亀裂が・・・。
長い間に築いた信頼関係も、結局はお互いの努力で繋がっていた程度のものだったのかな、などと少し考えてしまいました。
自然に、自分のことのようにわかりあうというのは、本当に難しいことなんだな。
余裕のある時はスルーできたようなことでも、ちょっと機嫌の悪いときは見過ごせなくなる。
黙って頷いていれば角も立たないし、相手の顔も立つし、丸く収まってしまうようなことも、なぜか昨日はつっかかってしまいました。
全て相手の意見を取り入れてしまうんじゃなく、自分の意見を言っているだけなんだけど、なんか、わがままを言っているような気になってしまう。
当然の権利ではあると思いつつ、我を張っているだけなような気がしたり。
私は不機嫌になると、とたんに無口になるというか、喋らなくなるので、わかりやすいだろうな。
時々、そうやって主張をすると疲れる。
なぜか自分が悪いことをしたような後味の悪さが残る。
これでも、折れすぎってくらい、折れてきたような気がするし、そうした方が自分も楽だったんだけど・・・。
時々ね。
黙ってたら損だと思うときもあって。
自分としては、『おなかの中の虫の居所が悪いのかな』風に解釈しているんですが・・・。
あ~、ようわからん。
とにかく、ちょっと気持ち悪いです。
明日、結局、また折れるんだろうな。
わりと自分では人当たりがいいほうだと思っているのですが、だからと言って、どんな人にも対応できるかというと難しいです。
知り合いに、いい人だというのもわかっているし、優しい人だというのもわかっているのだけど、その時々で無愛想だったり、そうでなかったりという人がいて、うーん、ちょっと苦手なのです。
気分屋ってわけでもないと思うのだけど、会うたびに、『今日は機嫌がいいかな?大丈夫かな』と構えてしまう。
人間なんだから、表も裏もあるし、機嫌のいいとき、悪いときもあるのは当たり前だと言い聞かせつつ、知らず知らず、機嫌を取ってしまいます。
媚びるのは嫌いなくせに、ね。
別に嫌味を言われたり、怒られたりするわけじゃないけど、冷たい感じがちょっと淋しいわけです。
仕事関係でどうしてもかかわらなくてはいけない人なので、できるだけ慣れようと思いますが、なかなか慣れないもんですね。
自分があまり人に違う態度を取らない方なんで。
人によって、違う態度は取るけど・・・。同じ人には自分の機嫌にかかわらず、同じ対応をしているつもり・・・なのですが・・・(そう思っているのは自分だけかな)。
人間関係はむずかしいですね。
話は変わりますが、今、欲しいものがあります。
それは『特捜最前線』のDVD。
でも、本当は再放送で見たいんですよね。
合間にCMが入ったりするのが、かえっていい感じ。
未だにこれを超える刑事物って、私の中でないですから。
あと、好きなのはNHKで放送されていた『名探偵ポワロ』。
カメラワークとか、演出とか、文句なく私好みでした。
こっちはビデオにとってあるので、何回も見ています。
何回見ても、飽きないです。
『じゃりン子チエ』も。
あと、枝雀さんの落語のCDも何度聞いても飽きないです。
夏の疲れが思いのほか、残っています。
なんか、ちょっとやる気が出ないというか・・・。
雨、たくさん降るし・・・。
よけい・・・かな。
そうそう、最近、『数独』(ナンバープレイス=ナンプレ)にちょっとだけ、はまっています。
ホントに、ちょっとだけ。
まるきりの自分流の解き方なので、すごく時間がかかるんですよ。
今は、友人がくれた新聞の切り抜き(数独の特集の)に挑戦しています。
ロジックとか、パズル関係は何でも好きなので、楽しんでやっています。
ストレス解消にもなるし・・・。
でも、明日は朝出勤だし、もうそろそろ寝ます。
心機一転するために、テンプレートを変えてみました。
ずっと気になっていたデザインです。
ちょっと読みにくいのが難ですが・・・。
ずっと、自分が許せませんでした・・・フクのことに関して。
今も、いや、これから先もずっと、私は自分のことが許せないと思います。
その許せない気持ちは、私にはとても大事なもので、ずっと、ずっと忘れないでいなければいけないと思っています。
フクちゃんの写真を入れる写真立てを買いました。
トパーズ色のガラスを縁にはめ込んだ、とても綺麗な写真立てです。
フクが心なしか喜んでいるような気がします。
ついでにと言ってはなんですが、凛のも同じタイプのに変えました。
凛のはアメジスト色のガラスをはめ込んだもので、凛も嬉しそうです。
猫ブログは卒業します。
時々は、猫のことも書くけど。
これからは日々のことと、創作のことついて、書いていくことにします。
今までと変わらない感じですが・・・。
私は血圧が低く、で、上の数値と下の数値が結構近かったりします。
あと、脈が速い。
そんなんで、しんどくなると本当にくた~で、動けません。
ここ最近、なんやらかんやら、もう、『知らんっ!』っていうようなことばかりで何もする気が起きませんでした。
妹たちは一度帰って、またお盆を過ぎた頃に来るらしいです。
お盆というのは、お店の書き入れ時で、今からビビッています。
お得意のはったりも元気があればこそ威力を発揮しますが、この調子ではあかんやろうなぁ。
話は変わりますが、私はマクドではずっと『ダブルチーズバーガー』派でした。
が、ついこの間『サルサチキンなんちゃら』を知って以来、完全に『サルサチキンなんちゃら』党になってしまいました。
あのソースがなんとも辛甘く(甘辛くではなく)、チキンにマッチして、ここ久々のヒットとも言えます(あくまでも、私的に・・・ですが)。
で、ついはやる気持ちから『一番、辛いの下さい♪』と言ってしまいます。
だって、名前が出てこんのやもん。
でも、一応それで通じるのがおかしいですよね。
まぁ、万事が万事そういう感じなので、
『こちらでお召し上がりになりますか?』と聞かれると、
『いえ、持って帰って食べます』
みたいに応答してしまいます。
マクドとかっていうと、どちらかと言えば、『はい』か『いいえ』で通じるんでしょうが、そう言うのはなんか悪いような気がしていらんことを言っちゃいます。
これって、おばさんになった証拠だろうな。
やたら、『スミマセン』とか付けてるし。
出来るのを待っている間、若いお母さんと小さな子供とそのおばぁちゃんらしき人が買いに来られてました。
何買わはるんかなとちょっと気になったら、買われたのはポテトのS。
それだけ・・・です。
うちのお店が売れないのも当然やなぁと思いました。
だって、夫婦で買いに来てても『お団子一本』しか買わないっていうお客さんもよくあるし。
買わないより、買ってくれる方がましと思いつつも、寂しいです。
そんなので、私はよそのお店で単品だけって言うのはちょっと買えないんですよね・・・。
あっ、でも、サルサチキンなんちゃらを買うときははそれだけしか買わない。
だって、高いから。
なんで子供はいうことをきかないんでしょうね。
そういうものだと、自分も塾とか長いしわかっているつもりなんですが、そろそろ限界に来ている。
母とかに言わせると、私は子供を産んだことがないから親の苦労がわからないそうだけど・・・。
うちの妹の場合は叱らなきゃいけないところで怒らないで、どうでもいいところで怒っているから、見ていて歯がゆくてたまらない。
女の子はそんなにドタドタ歩かないし(床に穴があくんじゃないかってくらい力を入れて歩く)、一度注意したら聞くだろうし、第一、大きな声でわめかない。
甥っ子たちは来るごとにエスカレートしている感じ。
うちは姉妹で男の兄弟がいなかったので、母も孫たちには手を焼いています。
これが、人里はなれた一軒家とかでだったら、何も文句は言わないけれど、田舎とはいえ、隣に家はあるし・・・。
また、そこの家とはちょっと仲たがいめいたものをやっていたりするから、この心労というのは相当のものがあります。
しかも、そこは親戚だったりするんですよ。
もうね、頼むから、静かにしてって、思います。
こんな時、父がいると違ったんだろうな・・・。
たった一人になったときの身の振り方をよく考える。
手に職をつけて(希望としては、作家になって)、京都の町家で暮らすのが夢。
そのためには、毎日の暮らしにあくせくしてるだけじゃなく、書いてかなくちゃなぁ。
とりあえず、今は、甥っ子たちを静かにさせるべく、父のかわりに叱って来ます!
妹と甥っ子たちがやってきて、我が家は大変なことになっています。
普段、母と静かに(?)暮らしているため、子供たちのドタバタ騒ぎにはかなり疲れますね。
モモ人気は健在なので、助かっていますが・・・。
そろそろ、モモも疲れが・・・。
とにかく、二人とも言うことを聞かないので妹も叱ってばっかり。
それはそれで、しんどいだろうな・・・と思う。
妹の怒るところを見るのはめったになかったのに、それがこっちに帰ってくるたび、ずっとだから。
男の子を育てるというのはそういうことなのかもしれないですね。
なんか、血管が切れそうで怖い。大丈夫かと心配してしまいます。
怒るのって、本当に大変だ・・・。
私も怒るけど。
塾では、あんまり怒らなくなったかな。
対処の仕方が、かなり難しいと最近感じます。
今、例の電話代を持ってこない生徒とは険悪なままです。
といっても、私だけ怒っている状態。
K君はちっとも悪びれず、何もなかったように話しかけてくる。
甘えているというか、懲りてないというか、子供というか・・・。
中三だけど、今の子は幼いのかな。
それとも、この子が特別なのか・・・。
ちょっと、ついていけない。
でも、時々、もっと優しくしてあげなきゃいけないんだろうかとも思う。
そう思って、ちょっと甘い顔をするとすぐ裏切られるから、結局、また傷つくんだけど。
そんな繰り返しで。
難しいね。
大人も難しいけど、子供も難しい。
子供なりにプライドはもっているから。
一番、それを傷つけないことに注意を払います。
でも、時には突き放すのも優しさだと思うんだよね。
その子のためを本当に思うなら。
その子に届くかどうかは不明ですが・・・。
今日、仕事の帰りに、前方から勢いよく来た自転車とぶつかった、というか、接触をしました。
嫌な予感はしていたんですよ。
なんか、止まりそうになかったし。
でも、信号のある交差点だったし、私は左側を走っていたから、大丈夫かと思っていたんですが・・・甘かったです。
相手は高校生の女の子で、『スミマセン』と小さく謝ってくれたから、仕方ないかと思ったけど、腕を肉が見えるほど擦られていました。(何でかはわかりませんが、前かごに大きなスポーツバックやら、テニスのラケット風なものが入っていたので、それらのどれかで傷ついたと思われます。)
ネコの引っかき傷にはしょっちゅう慣れている私も、この傷はかなりショックでした。
何をしていても見える位置なので余計にこの傷を見ては、あの時の情景が浮かんできてしまうというか。
でも、あの時は信号も渡らなきゃいけなかったし、避けようがなかったんだよね・・・。
実際、どうすればよかったんだろう。
あの、嫌な予感っていうのは結構大事というか、無視しちゃいけなかったんでしょうね。
自転車に乗っていても、そういうのはよくあるから、クルマの場合はもっとでしょうね。
この間、友だちに海へ連れて行ってもらったけど、結構、ぐにゃぐにゃした崖の道を行ってくれたんです。
暑い日だったし、彼女も相当、疲れていたと思う。
普通なら、こういう時、運転を代わってあげられたりするんだろうけど、私は出来ないから、いつも申し訳なく思っています。
でも、彼女は一度も、私に『免許を取りなよ』とか『なぜ、免許を取らないの?』とか、聞いたことがありません。
それは、私にとって、どれだけ嬉しいことか・・・。
PDのことはちゃんと話したことはないけど、なんとなくわかってくれているんだろうな。
そういう友だちは、本当にありがたいです。
でも、いつまでも甘えていないで、今度は自転車で行ける所を誘おう。
母校じゃないですが、応援していた高校が高校野球の地区大会で優勝しました!
試合の途中で後ろ髪を引かれるように仕事に出かけ、正直、仕事中も心ここにあらずという感じでした。
出かける時、大差で勝っていたので、たぶん大丈夫だとは思っていたのですが・・・。
よかった!
甲子園に応援には行けないけど、TVの前で頑張って応援しよう。
あっ、仕事がなかったらのことですが・・・。
日程が気になるなぁ。
高校野球が好きです。
今日もテレビで府の予選大会の準決勝を見ていました。
応援していた学校がコールドで勝ちました!
明日はいよいよ、決勝戦!
仕事で見られないのが、すごく残念ですが、きっと出かけるギリギリまで見ていることと思います。
塾の子が二人、行っている高校なんですよね。
絶対、勝って欲しいなぁ~。
和菓子屋によく来はるおじいさんも野球が大好きで、よく話が弾みます。
母校がシードにもかかわらずあっけなく初戦敗退した事に関して。
『あんなもんは、たとえ地球が終わっても絶対、勝てんわ。ほんまに、もう!』
むちゃくちゃな言い分ですが、よくわかる表現です。
愛情の裏返しというか・・・、可愛さ余って、憎さ百倍というか・・・。
阪神ファンには、通じるものがあるんじゃないかな・・・。
リン選手(林威助)、早く帰ってきて欲しいなぁ。
りんちゃんイコールうちの凛って、くらい、好きですねぇ。
りんちゃんがバッターボックスに立つと、『りんちゃーん!』って、思わず叫んでしまいます。
赤星選手の時は、『あっ、赤星っ!』。
呼び捨てです。赤星選手のファンでもあるのに・・・。
昔、ガチガチのジャイアンツファンだった親友に注意されたのを思い出しました。
『なんで○○は、選手のことを呼び捨てなん?それはいかんやろう』と。
確かに彼女はいつも、ジャイアンツの選手のことを『誰々さん』って、呼んでいました。
でも、阪神の選手はしっかり呼び捨てにしてたよ。
ジャイアンツのマークをノートとかに、綺麗に手書きで写したり、好きだった選手の切抜きを下敷きにはさんでたり、なにかというと、『誰々さん』と阪神の選手を比較してイジワルを言われていました。
ガチガチの阪神ファンの私は、その度に嫉妬と悔しさでいっぱいになっていたなぁ。
私がアンチジャイアンツになったのは、そういう理由からです。
今の時期、和菓子が売れません。
生ものだから、傷むのが早い。
売れなくて残ったものは、もったいないけど、廃棄処分です。
寒い時期は平台でディスプレイも出来るけど、夏場はショーケースの中の冷蔵庫での陳列のみです。
お客さんにすると平台からの方が見やすく、手に取りやすいし、買いやすいのか、ショーケースに入れるとパッタリと売り上げが落ちてしまいます。
平台の時は、通りすがりのお客さんにも目に付くからね。
でも、ショーケースから買う人は【買おう】と思ってくる人に、限られてくる。
今の暑い時期、そういう人はなかなかいないんです。
葛餅とか、水無月とか、水羊羹とか、涼しそうだし、喉越しひんやりでおいしいのだけど、そればっかりも飽きてくる。
たまには買っても、そうそう毎日は、買わないよ。
どうしても必要なものじゃないし。
でも、そんなことを言っていると、本当に売り上げが大変なことになる。
掃除のおばさん(スーパーの)に言われたんですよね。
『時給分稼いでいるか』と・・・。
仲良しのおばさんなんだけど、そういうところは職業人なのでシビアです。
ショックだったなぁ。
だって、売れないんだもん。
お客さんが来たら、売るけど、来ないんだもん。
泣きたいような気持ちでした。
自分なりに頑張っているように思っても、人から見ると足りてないんだろうな・・・。
呼び込み、未だに恥ずかしいし。
毎日、悩みます。
それから、塾では・・・。
時間カットされている・・・・。
生徒数減ったし、仕方ないのはわかっているけど、厳しいなぁ。
鉛筆削り、盗られたし・・・。二回目・・・。誰かってこともだいたいわかっている。
なんで?って、感じ。
ちっちゃい、何の変哲もない鉛筆削りだよ。
もう、生徒が信じられなくなる。
電話代、ずーーーっと持って来ない子もいる。
他のみんなはちゃんと払っているのに・・・。
電話だって、ただじゃないんだよ。
中学3年生にもなって、毎回、毎回、なんで忘れるんだ。
持ってくる気なんて、少しもないんだよね。人のお金だから、どうでもいいんだよね。
本当にそう言いたくなる。
最初はいつか、持ってくるだろうと黙っていたけど、そのうち、言わないことがそのこのためにならないと思って、言うようにして、でも、その子はいつも罪悪感などかけらも見せず、へらへら笑って、『今度、持って来る』と言うだけで・・・。
もう、疲弊しちゃいました。
言っても通じない子はいる。
どんなに心を砕いても、届かない子がいる。
いるんです。
その子は人によって、態度が変わるから。
もう、信じられないというか、合わないとしか言いようがない。
広い心も擦り切れる。
社会に出て困ると思う。
人としての常識とか、大人が教えなきゃわからない世の中なのに・・・。
もう、知らんって感じです。
まぁまぁ、子供だから・・・とは、私は言わない。
許さなきゃいけない場面は、許す。
でも、こういうのは許せない。
最低の人間としてのルールだと思うから。
鉛筆削りを盗った子の場合は、少し難しい。
私が何も気づいてないと思っているのが悲しい。
フクちゃんが帰らなくなって、とうとう二ヶ月経ってしまいました。
正直、プラス思考でいたばっかりに、何もかもがイヤになって、自暴自棄になりかけていました。
「どうでもいい」としか、何を見ても思えなかった。
それでも、仕事は行かなければならないし、人と接して、笑顔も振りまかなきゃいけない。
心と建前が完全にすれ違って、うつろだったと思います。
輪をかけるわけじゃないけど、嫌なこともいろいろあって、本当にもう、どうでもよかった。
でも、今日、塾へ行って、教え子のほとんどが英語の点数が90点以上だって喜んで話してくれて、それから、帰り道、元教え子がわざわざ、『先生、ご無沙汰してます!』って、声をかけてくれて、なんか、涙が出るほどうれしかったです。
4年ぶりだとか言ってたけど、全く面影がなく、『ゴメン、誰やっけ?』と思わず聞いてしましました。
言われても一瞬わからなくて・・・。
なんでも、時々、塾をやめてからも下校中にすれ違っていたみたいです。
塾にいた時はとてもおとなしい子だったので、余計に信じられなかったです(笑)
現在、高校二年で、テニスのクラブの帰りだったとか・・・。
真っ黒に焼けて、好青年になっていました。
塾にいた時は本質を知らなかっただけで、本当は気さくな子だったんでしょうね。
ひとしきり、自転車を併走させ、話しながら帰りました。
人に助けられているなぁと思う。
何にも知らない人たちに『元気を出してね』って、言ってもらっているような、今日はそんな優しい一日でした。
なんか、最近やたら、音が聞こえます。
ガ、ガ、ガ、ガッ、とか、ミシミシッとか、ピキピキッ、とか・・・。
どうも、神経やら、なんやらが崩壊している音みたい。
そりゃ、そうもなるわなぁーとただ思っている。
このところの急な暑さと、仕事の忙しさも手伝って、休みの日の自分はというと魂の抜けた腑抜けた人形・・・っていうのがいいところです。
昨日は仕事から帰った途端、もう動けなかったなぁ。
体もようやく、待ってたんだというようにほんまに何も動かなくなってしまいました。
母には悪いと思いますが、今日も一日中、こんなんやと思います。
ご飯とか食べるのに口をあけて、動かすのもめんどい。
目を開けて、物を見るのも、めんどい。
今もよく頑張って、キー叩いてるなぁと思います。
明日も実は休み。
お金にはならないけど、今の私にはありがたいことです。
ぼーっとしまくって、また休み明けの仕事に備えて英気でも養おう。
夜はやっぱり眠れない。
でも、いろいろな弊害は事実として体が受け止めようとしてくれているから、助かっている。
これで、心と体が別々の意思を持っていたら、相当、生き辛く思うと思うのだけれど。
体がこういうことに慣れたのかな。
今までたくさんの『死』や『理不尽さ』や『悔しさや』やそういう、自分の力で処理できないものと向き合って、疲弊しまくっていくことが多かったので。
そういう意味で、今は『混乱する』ということからだけは守られている。
それでも、時々、吐きそうになるけど。
これは『ちょっと無理』って、信号かもしれない。
でも、少しやり過ごしていたら、なんとか治まってくれる。
そうやって、日々、生きています。
だいたい、考えてみたら、普通に暮らせる方がおかしいのであって。
泣いたり、悔やんだりするのは、当たり前のことだから。
だって、大切なものがいなくなるって、そういうことでしょう?
だから、私は誰にも遠慮せずに、悲しむ。
誰が止めても、大いなるものを恨んだりするし。
こんな弱い私でも、大切なものに関しては、『負けない』という気持ちだけは譲れないので。
きっと、戦うでしょうね。
今もじわじわと戦っている。
じわじわ・・・って、へんな例え方だけど、うまい表現が見つからない。
そう言えば、忘れられないのが、高校生の時の卒業文集。
『守ってあげたい人』っていう、ランキングに、一番で入っていた。
見て、驚いた。
それに投じていたのはほとんど私の友人達だったけど。
見かけにみんなは騙されていたんやなって・・・。
でも、私の本質を知る人は、絶対そうは思わないので、私は正直、『守られた』ことは一度もないけど。
だから、正直、『守られる』っていうのが、どういうことなのかわからない。
心地よいのか、うっとおしいのか・・・。
両親には守られてきたんだろうけど、それは肉親の情からで・・・。
AB型だからね。
ちょっと、わからん、ってはよく言われます。
なんか、途中で話が変わってきたぞ・・・。
うん、とにかく、負けへんの。
『負けない』って、思う心が、今は自分を保たせてくれているので。
そのうちに、あかんようになるかもやけど。
でも、その時はその時で、またガーッて泣いて、また新たな救いを見つけてるんだろうと思う。
救いといえば・・・。
今日、四葉のクローバーを探した。
家の前の庭をぼんやり見ていたら、カマキリのあかちゃんや、ミツバチがいて・・・。
そういえば、よく四葉のクローバー探してたなとか、思ったら、急に、どうしても見つけたくなった。
四葉は一本見つけたら、たいてい、同じとこらへんに固まってあるんですよ。
で、たしか、ここにはなかったはずだから、絶対ないかと諦めかけるも、『イヤ、絶対、見つける!』という決心はやはり、固く。
今度は場所を変え、『どうか、絶対、見つかりますように!』と祈りながら探したら、あった!!
これこそ、救いだと思った・・・。
光を見出した思いでした。
涙がこみあげてきたよ。
なんか、まだ見捨てられてへん・・・って。
こんな小さな葉っぱがもう、本当に、神さまに見えた。
ありがたかった。
なので、この記事も書いてます。
いろいろ、あるけど、頑張って生きてかなきゃならん。
悲しみもひっくるめて。
誰かがかわりに生きてくれるわけじゃない。
幸せな時間だけを自分が生きてゆけるわけじゃない。
辛いことの方が断然多い日々だけど、それでも放棄出来ないから。
大切な気持ちだけは誰にも取られたりしないから。
その思いを抱きしめて、今日も今から仕事に行ってきます。
『幸せの法則』がもしあったとして、その通りにしたら、絶対幸せになるとわかっても、私はその法則に従った生き方は、たぶん出来ないと思う。
確かに、幸せにはなりたい。でも、私の願う幸せと、他の人が望む幸せは必ずしも同じじゃないから。
そもそも、幸せってなんだろう。
その定義すらも、よくわからない。
私は自分自身を『不幸』だとあまり思ったことはない。でも、だったら『幸せ』なのかと言えば、必ずしもそうとは言えない。
でも、そういう、どちらかといえば不幸に近い、幸せの範疇にいるせいか、ちょっとしたことでも、『ありがたい』とか、『私ってなんて幸せなんやろう』って思えるのは悪いことじゃないような気がするんです。
今まで何一つ、うまくいったと思えることはないし、うまくいくかなと思っていると決まって邪魔が入ったり、はっきり言って、自分の望むとおりには生きられていない。
小さい時から、貧乏くじばかり引いているような、辛酸をなめるような、そんな日々だったという思いの方が強い。
でも、なんかなぁ、ここまで生きてきた。
いろいろ、あったけど、なんとか乗り越えて、ここまで。
でも、それは自分だけの力でとは思っていない。
親や妹や、友達や、いろんな人の力もあった。
そして、それだけじゃなく、見えないけれど、何かに守られている気もしている。
それが、何なのか、誰なのか、わからないけれど。
ちょっと、『幸せの法則』って言うのからは離れたけれど、つまり言いたいのは、『幸せ』っていうのは、人それぞれによって、違うってこと。
うーん、でも本当に言いたいことはそういうんじゃなくって・・・、うーん、うまく言えない。
うーんと、つまり、『幸せ』は一つではない、ってことかなぁ・・・。
うーん、なんなんやろ、書いてる本人がよくわからんくなってきた。(そもそも、『幸せの法則』って言葉は、何処から出て来たのか・・・)
とにかく・・・今の私の幸せは、フクが一日も早く、戻ってくること。それだけです。
昨日と今日と、嫌なことが続きました。
嫌なことって、なんですぐに忘れられないかなぁ。
忘れろ、忘れろと思うんですが、ある程度時間がたたないと忘れられないもんですね。
これって、自分の意思ではどうにも出来ない。
例えて言えば、インスタントラーメン・・・でしょうか。
3分たたないと、おいしくならない。
私の場合、嫌なことを忘却のかなたに追いやる時間は同じように決まっているのかもしれない。
その間はどう忘れたいとあがいたって仕方がないから、もう放っておこうと・・・でも、そう人間が出来ている方ではないので、ブツブツ一人文句を言っていました。
昨日はねぇ、自転車で帰る途中、一旦停止を守らないで踏み切りのところを突っ込んできた車に、『バカヤロウ!』的なことを言われたんですわ。
もっと、違う言葉だったけど、よく聞こえなくて・・・。
とりあえず、怒鳴られた。
私が悪いんじゃないのに。
もう、腹が立つどこじゃなかったですね。
こっそり、後で呪いの言葉をつぶやいてしまいました。
そして、今日は、塾の先生に『もう帰ってもらっていいですよ』と言われたこと。
まだ、7時を過ぎたところだったのに・・・。
しかも、生徒がいたのに・・・。
こういうのは、辛いです。
それから・・・・フクちゃんがまだ帰ってきてないしぃ・・・。
今朝なんか、帰ってきたリアルな夢を見ました。
夢か現実かわからないくらい、はっきりした夢で・・・。
でも、私は絶対信じているので。
フクは帰ってくると。
帰ってくるんです!
私はこのブログを始める前は、日記をつけていました。
あまり、ちゃんとした文章になっていないやつ。
まぁ、ほとんどが愚痴みたいなもので綴られています。
でも、はっきり言って、あまり読み返したいものじゃないです。
精神状態がよくなかった頃のは、特にひどい。
それと、親と喧嘩した時のは・・・。
自分で読み返しても、ものすごく醜いです。
でも、醜くならなければいられなかった自分というのもちゃんと覚えている。
汚い言葉や、誰かを罵らなくては、とても自分が守れなかった。
時には、自分の方が間違っていることもあったけど、ほとんどが理不尽なことが原因で・・・。
あまり他人関係でそれほど深く悩んだことはなかったな。
いつも、親子の間での行き違い。
私の方が正しくても、父は母の味方をし、妹も母がかわいそうだからというだけの理由で母の方に回り、私はいつも孤独でした。
正しいのに誰も母を『間違っている』とは言ってくれなかった。
たった一言、私の方が正しいと言ってくれていたら、許せたことも、そういう父と妹の態度でかたくなになっていた。
自然と私は4人家族の中で孤立していました。
間違っていないのに、負ける。
心の中が荒れて、荒れて、しまいには鬼が住み着いてしまいました。
顔がね、本当に鬼の顔が張り付いたようになってしまうの。
すごかったよ。
私が怒る時は半端じゃなかったから、家族はおびえていました。
きっと、彼らは思っていたでしょうね。
なんで、お姉ちゃんだけ、あんなに気性が激しいんやろ・・・って。
でも、今思い出しても、あの頃の自分は本当にかわいそうだった。
布団の中で、しょっちゅう泣いていました。
悲しい涙というよりも、悔し涙。
親達は私のほとぼり(怒り)が冷めるのを待っていようという頭しかなかった。
話をちゃんと聞こうとかいうのはまったくなく、腫れ物に触らないようにしていました。
それは一番私にとっては屈辱だったし、間違った解決方法でした。
弁解の機会も、正当性を主張する場も与えてはもらえなかったわけだから。
で、さらに私の心は閉ざされ、一月くらい怒ったままだったこともありました。
おにぎりとか、食パンとか、買ってきて、母が作った物は絶対に食べなかった。
母の味方をした父と妹も私にとっては同罪で、話しかけられても無視をして話さなかったし、顔を見ようともしなかった。
心が死んで、もう前の快活な自分には戻れないんじゃないかというくらい人間が変わっていました。
そういう自分を上の方から俯瞰して見ているもう一人の自分がいるのがわかりました。
なんか、分裂したみたいな・・・。
自分で仲直りのきっかけを作るなんて出来なかった。
だって、自分は間違っていなかったんだもの。
でも、ある日、父の寂しそうな背中を見たとき、涙があふれて止まらなくなりました。
確かに私は悪くなかったけど、父と妹も弱いだけで、悪いわけじゃなかった。
なのに、私は父が話しかけても怖い顔で無視をし、どんなに寂しい思いをさせてしまったんだろうって。
私が母たちを許さないことが家族をバラバラにし、火が消えたような日々を強いてしまったんだと思うと、今度は自分が許せなくなって・・・。
そしたら、怒りがすーって消えて・・・。顔が人間らしい顔に戻りました。
そして、気がついたら言っていました。
『ずっと、怒っていてごめんなさい。話さなくて、ごめん」と。
本当に・・・馬鹿みたいな話でしょう?
でも、謝るためには何かがそろわなきゃ謝れなかった。
その何かは、父の寂しい背中であり、一ヶ月という期間であり、私の心の変化だったわけですが・・・。
それが初めからわかっていたら、苦労はしなかったんだけど・・・・。
無理ですよね。
ちょっと、久しぶりに恋愛の話を・・・。(って、一度でもしたことあったかなぁ???)
ゆうべ、眼科へ行った時の幼稚園児を連れた若いおかぁさんの態度(病院のソファでふざけていたわが子に注意もせず、見ない振りしていたこと)を、最近は自分の子供を叱れない親が多すぎる、云々、と母に愚痴っていたら、『あんたも子供作るか?未婚の母になる?』と言われました。
いやはや、過激な発言です・・・。
でも、ふと想像したかな。そして、すぐに却下しました。
一人で子供を育てている人をたくさん知っているけど、そりゃ、どれだけ大変なことか。
よほど覚悟がないと、生まれてくる子も気の毒というものです。
生めばいいってものじゃないんだから・・・。
でも、若い時はあんまりそんなことは深く思わないんでしょうね。
でも、若いからこそ、なんでも出来るということもある。
こんなことを書いているのは自分がもう若くない証拠かもしれないな・・・寂しいことだけど。
私はいろいろ考える方なので、勢いだけではだめだったわけです。
『初めて出会った瞬間に、あぁ、この人と結婚することになるんだろうなと思いました』とか言ってる人、よくありますよね。
そんなわけないやん・・・って、ずっと思っていましたが、かく言う私も、初めて会ったときにウエディングベルの音を聞いた人がいました。
ハンサムとか、背が高いとか、そういう人じゃありません。
ただ、信じられないくらい優しい人でした。
その優しさは私だけにではなく、万人へ向けられるものではありましたが、それでもその人の誠実さは本物で、良くぞ神様、この人に出会わせてくださいました!っていうくらい大好きな人でした。
何より笑顔が素晴らしく、太陽のように暖かい人でした。
年は30歳は過ぎていたかなぁ。
彼を好きな人はいっぱいいて、私の耳にもその人たちが言う、いろいろなうわさは聞こえてきていました。(女の人にだらしないってことじゃないですよ)
いつだったか、結婚観について話していた時のことでした。
彼は少し悲しそうな顔でこう言いました。
自分はたぶん、現世では結婚しないだろうと。来世はするかもしれないけどね、と。
若かった私に彼とその言葉を理解しきることが出来なかったのは無理もないことだったと思います。
もし、今、それを聞いていたら、それでも彼のそばにいただろうに。
いろいろな憶測やうわさに私は翻弄され、彼を信じきることが出来ず・・・。
あんなに笑顔が素敵で、誰よりも優しい人が、なぜまだ人生の半分も過ぎていないうちに、もう自分の人生は終わってしまったんだみたいな厭世的なことを言うのか本当にわからなかったんです。
今はそんなことを言っていても、どんな人に出会うかわからないし、結婚するかもしれないじゃない?って、そんな風にしか思えなかった。
自分のことばかり、考えていたからでしょうね。
彼のことを理解しようと思うより先に、否定していた。
本当に若かったと思います。
でも、彼に出会わなかった方がよかったなんて、決して思いません。
悲しい結末に終わったけれど、あんないい人に出会えたことは本当に私の人生の宝物だと思っています。(まぁ、そういう記憶があるから、全然先に進めなかったりするんですが・・ね。)
本当に最近ですね・・・彼の気持ちが理解できるようになったのは。
長かったなぁ・・・。なんで、もっと早くわからなかったかなぁ。
自分が同じ事を考えるようになって、初めて、あぁ、ってわかったんだから。
本当に人生いろいろ・・・です。
目がとても痒いです。
腫れはもうほとんど引いているけど、風邪の症状はまだ治りませんね。
母のほうは、まだ腫れている・・・。
うちの猫にうつらないようにと、それだけが心配です。
本当は今日はビーズ教室の体験入学へ行く予定だったのですが、こんなのでとても行けなかったので、朝、電話をしました。
すると、電話に出られた文化教室側のおじさんに少しむっとしたような応対をされ、私も同じくらいムッとしてしまいました。
確かに、行けなくなったのはこちらの落ち度で悪いけど、また違う日に行くって言ってるのに・・・。
あなたに教えてもらうわけじゃなし、なんでそんなつっけんどんな態度をされなくちゃいけないんだと電話を切ってからもぶつぶつ、文句を言っていました。
下手にサービス業(?)についているからか、同業者(お客さん有りきの職業)の対応には結構、うるさいです。
何も下手に出ろとは言っていないけど、言い方があるでしょう。
そんな上から物を見るような言い方ばかりしていたら、ダメだよ、いいおじさんが・・・。
電話は特に相手の表情が読み取れないから、声の調子でさえ、人を不快にするんだからね!
ホントに、本当に・・・もう・・・。
なんか、年々、短気になってゆく気がする・・・。
まぁ、まぁ・・・って、抑える方だったのに。
人は変わってゆくのかなぁ・・・。
あんまり、良い変わり方とは言えないなぁ。
どっちにしても、他人にかかわってゆくと、良い事ばかりじゃなく、不愉快なこともありますよね。
その度に憤慨していてもしょうがない。
でも、間違っていることや、納得がいかないことに怒るということも大切だと思う。
諌める人がいなくなったから、世の中はおかしな方向へ行こうとしているんじゃないの?
『許す』って言うのは、相手が反省してこそ効力を示すのであって、ただ、若いからとか、地位のある人だからとか言う理由だけで、今回は不問に付してあげるよ的なのは、本当に『許す』事ではないと思う。
何をもって『許す』というのか、根拠を聞きたいことが山ほどある。
一番間違っている使い方は、『可哀想だから』という理由。
誰が一番可哀想なんだと言いたい。
ここ数日、夜になると喉が痛かった。
単なる風邪だと思っていたら、どうも違ったらしい。
今日、眼科へ行ったら、『結膜炎』だと言われました。
それも、ウイルス性らしい。
母にももう、うつってしまいました。
潜伏期間があるらしいから、ちょうど風邪を引いた頃かな。
今日も明日も仕事、休みでよかった。
今朝なんて、目がくっついて開かなかった。
だ、誰、これ?
ってくらい、顔が変わっていた。
正直、怖かったです。
このまま元に戻らなかったら、どうしようって思いましたよ。
病院まで、ずっとハンカチで目を覆っていました。
とてもじゃないけど、人前に出れないほどでしたから。
点眼薬をもらって、しょっちゅう注していたら、だいぶましになりました。
けど・・・エライめにあった。
あまりのショックで、数日間の落ち込みが吹っ飛びました。
目は大事だね。
それと、ものすごく謙虚になりました。
何を贅沢ことで悩んでいたんだと。
こんなことでもなかったら、ずっと落ち込みっぱなしだったと思います。
それくらい、この結膜炎はショックでした。
私は一応、目が大きい方なんですが、その少ない取り得がなくなった暁には、本当にどうしたらいいんだろうと思いました。
まだ、70~80%ですが、目が開いてます。よかった。
朝なんて、パンチを受けた人か、虫に刺されてぽんぽんに腫れた人みたいになってましたもん。
恐るべし『結膜炎』。
体の調子が落ちているときに、やはりなるらしい。
健康で丈夫な人は、あまりならないんだって。
疲れが相当だったもんね。しかも、睡眠不足だったし。
いかん、いかん。
やっぱり、病は気から。
早寝早起きをしよう。
でも、フクちゃんがゆうべから、帰ってきてないから、また心配で寝られないかも・・・。
今日もモモの動画。
(私信)Mさん、これ見たら少し癒しになるかな☆
こんなことって、あるんやなぁ・・・という感じです。
まさか、このタイミングで・・・なんでやろ。
なんか、日ごろの行いが災いしてるの?
目がしんきぃ(気色悪い→ゴロゴロする)ので、何度も擦っていたら、目がおかしくなった。
もう、このブログもほとんど、片目での作業。
っていうか、こんなことしている場合じゃないけど、モモの散歩の初動画を載せたくて・・・。
あ~、でも、もうダメ。
アップだけして、内容はまた今度書きます。
明日は眼科へ行ってきます。
眼帯しなきゃいけなくなったらどうしよう・・・。
そもそも、自転車は乗れるのか・・・。
って、書いてる場合じゃなかった。
好きな言葉・・・それは『progress』。
自分のポリシーというか、哲学にはいくつかあって・・・。
その中に、『現状に満足してはいけない』『嫌なことは率先してやる』などがあり、それらはすべてその言葉『progress』に繋がる。
結構、自分に対する理想は高いと思います。
だから、時々、疲れる。
『こうならなくちゃ』と決めたわけじゃないけど、そうありたいと思うのは自然の理で・・・。
でも、そうなれない自分ばかりが最近目立っている。
仕事のことにしても、中途半端な気持ちのくせに、気が小さいので、家でもずっと店のこと、塾のことを考えている。
オンとオフが働いていないというか・・・。
切り替えが下手なんだろうな。
『童話』にしても、感動できる物じゃないと書く意味がないと思うんだけど、そんな力が生まれてこない。
まだ、まだ、心のリハビリは続くみたいです。
心の泉は絶対に枯れないと思っていた。
でも、絶対なんて保障はどこにもないんだって、わかった。
ここ数日、いや、本当はもうずっと前からだけど、自分の方向性を考えていて、前を向いて行けばいいのか、後ろを向けばいいのか、それよりも自分が今どっちを向いているのかもわからなくなって、言ってみれば立ち往生の状態だった。
体の休息もだけど、心の休息も必要だと強く感じた。
私にとってのリハビリってなんなのか・・・。
本を読んだり、音楽を聴いたり、好きな演劇のビデオを見たり・・・。
でも、前みたいに心が動かされない。
頭の中をスーって、良くも悪くもなく、過ぎていくだけ。
無感動・・・というのかなぁ。
相当、重症だと気づかされた。
ゆっくり体を休めて、旅にでも出たい気持ちだけど、実際問題、それは出来ない。
今、自分に何が必要なのか、考えた。
情熱・・・なんだと思う。
忘れてしまった、あの頃の気持ち。
それを取り戻すには、昔の自分の作品に向き合うのが一番いいような気がしたので、お見苦しいとは思いますが、またアップさせてもらいます。
*めがねのじじょう
めがねにも、めがねのじじょうというものがあります。
朝からばんまで、いっしょうけんめい、ものを見て、こちらだってつかれているのです。
ときには、なんにも見ないで、ぼーっとしていたいことだってあるのです。
ほら、あのなまいきなコンタクトレンズでさえ、夜になるとおふろに入って、せんようのべっどでねむるじゃありませんか。
なのに、どうして、あの小さな男の子だけは、ねている間もぼくをはなそうとしないのでしょう。
もしも、はなれるのもおしいほど、ぼくのことをすきだっていうのなら、がまんもします。
でも、あの子はちがうんです。
ぼくのレンズを一度だってみがいてくれたことはありません。それに、どこかにおきわすれるなんて、しょっちゅうです。
おせじにも、だいじにされているなんていえません。
ぼくはあるとき、けっしんをしました。
あの子が顔をあらっている間に、そっとすがたをかくしたのです。
あの子はおねぼうさんで、いつもあわててとびだして行きます。
その日の朝もそうでした。あの子はねぼけまなこのまま、ぼくのこともわすれて出て行きました。
おかげでその日は、ゆっくり休むことができました。
むずかしいかん字やこまかいすう字も見なくてよかったのですから、こんな楽なことはありません。
これで少しは、あの子もこりたものと思っていました。
ところが、そうではありませんでした。
あの子は、学校から帰ってくるやいなや、ぼくを見つけ出し、さっさと宿題をはじめました。それから、テレビもいっぱい見ました。
まるで、きょう一日見えなかった分をとりかえすかのようないきおいで。
夜、ふとんの中に入っても、やはりあの子はぼくをはずそうとはしませんでした。
「やれやれ」
ぼくがためいきをつこうとしたそのときでした。
あの子はきゅうに起き出すと、ぼくのレンズをていねいにみがきはじめました。
そして、こういったのです。
「今夜もおとうさんに会えますように」
あの子が夜中じゅう、ずっとかけていたわけがようやくわかりました。
ぼくは、あの子が、たくさんおとうさんのゆめを見られるようにいのりました。
そして、おとうさんが出て来たとき、しっかりあの子に見えるよう、二つのレンズに気合を入れました。
黄色い雨がっぱにみをつつんだ園児たちが、ぞろぞろバスに乗りこんできます。
「天気よほうは、はれマークだったのにね」
だれかがいったそのひとことが、うんてん手の田中さんのむねをつきさしました。
バスのうんてん手になって、もうなん年にもなりますが、田中さんがうんてんする日は、はれたことがありません。
きょうだって、せっかくのバスえんそくだというのに、朝から雨ふりです。
おまけにゆき先は、ゆうえん地・・・。
田中さんは、なんだかもうしわけなくて、ぼうしをおもわず、まぶかにかぶりました。
(きっと、なん日も前から楽しみにしていたんだろうなぁ)
ゆうべ、おおいそぎで作ったてるてるぼうずも、どうやら、ききめがなかったようです。
そういえば、楽しいことがある日はいつも雨ふりでした。
えんそく、うんどう会、花火大会に、誕生日・・・。
そうこうするうちに、バスはもくてき地につきました。
「気をつけてね。楽しんでおいで」
田中さんは、せいいっぱいのえがおで、おりていくえんじたちに声をかけました。
(おべんとうはどこでたべるんだろう。びしょびしょのベンチはつめたいだろうなぁ)
黄色い雨がっぱがほうぼうへちらばってゆくのを見ながら、田中さんはふかいためいきをつきました。
やがて、おひるもすぎ、そろそろかえる時間がやってきました。
しかし、集合のじかんをいくらすぎても、だれ一人、かえってきません。
「おかしいなぁ・・・」
田中さんがバスをおりてまっていると、来ました、来ました!
どのこも、えがおいっぱいです。
「おじさん!すごくおもしろかったよ!」
「ぼくなんて、ジェットコースターに二回ものったんだよ!」
田中さんは、あっというまに、えんじたちにとりかこまれてしまいました。
「あのね、雨がふっていたから、おきゃくさんがだぁれもいなかったの。いっぱい、いろんなのりものにのれて、とっても楽しかったよ」
田中さんのこころのなかにもじわじわうれしさがうつってきました。
「さぁ、みんな、かぜをひくよ。あそびつかれた子は、ぐっすりおやすみ。おじさんが、今から、あんぜんうんてんでおくってあげるからね」
雨は、あいかわらず、ふりつづいています。
でも、はじめて、その雨がやさしい雨に、田中さんには思えました。(おしまい)
・・・日々の疲れだけじゃないのかな。
疲れを言い訳にして、逃げてるだけなのかな。
昔、このお話を書いた頃の自分はどこにいったんだろう。
自分が何を書きたいのか、どこへ向かおうとしているのか、ちょっとわからなくなりかけている。
書きたいことがいっぱいで、言葉であふれそうになっていた時期を過ぎてしまったって事なんだろうか。
そうなったら、もう何も生まれてこないんだろうか。
生み出す苦痛の先に、宝石よりも素晴らしいものがあることを知っている。
何が・・・足りないんだろう。
考えてるだけじゃ、答えは出ません。
やはり、動くしかないんだろう・・・。
今日もスゴク寒かったです。
風邪の方は、寝込むほどじゃないけど、喉がいがいがと痛いのと目がしんどい。
私は風邪を引くとまぶたが重くなります。・・・で、そのまま寝てしまいたくなる。
眠たい時に眠れなくて、眠たくない時に寝なくちゃいけない・・・。
うまくいきませんね。
胃も荒れているような気がするし。
あー、今日こそは早く寝る!
母の日ですが・・・結局、カーネーションとお寿司を買いました。
「ありがとう」って、言えなかったけど・・・。
とりあえず、気持ちは伝わったと思いたいです。
本当は言葉に出さなきゃいけないんだとはわかっているのですが、そこまで素直になりきれませんでした。
まだまだ、修行が足りないな・・・。
でも、いろいろとあるから、難しいことは難しいです。
結局、自分が不甲斐無いっていうのが一番悪い気がする。
いつも、そこに戻ってくる。
母が悪いとはだから、思っていないのです。
そういう母にならざるを得なくしているのが自分だと重々わかっているので・・・。
決めないとなぁ・・・そろそろ。
秒読みの音が確実に大きくなってきています。
ちょっと風邪を引きやした。(テンションが異常に上がっている・・・風邪薬のせいか?)
真夏のような暑さから一変してのこの寒さ・・・。
やはり弱っている身にはこたえますなぁ。
今日こそは早く寝たいのですが、すでに私のベッドでテールとフクがグースカ寝てるし。
そういえばゆうべはフクとモモに場所を取られて隅っこで寝たんでした。
あかん・・・薬がよく効きすぎて、目がもうだめです。
明日は母の日かぁ・・・。
あまり好きじゃないな・・・。
妹は遠くから、花籠とか、いろいろ送ってくる。
電話もかけてきて、母を喜ばすコツを知っている。
っていうか、そう言うのは娘なら、当然だよね。
私も昔はやってたんだよ。
母の日、母の誕生日とプレゼントも贈ってね。
父の場合はすごく喜んでくれて、し甲斐があったのですが、母はなぜかあまり喜んでくれなかった。
たいてい一度見て、放ってありましたね。
ポットの可愛い花もすぐ枯れたし、服は私の趣味じゃないからと着てくれなかったし、ネックレス類もケースの中にしまったまんまだったし・・・。
なんでかなって、ずっと思ってました。
母の口癖が、「そんなのはしなくていい」だった。
照れか、もしくは、お金を使わなくていいって意味かと思ったりもしたけど、なんか違うような気もしてこんがらがりました。
そのうち、だんだん虚しくなってしなくなりました。
その頃くらいから、妹はするようになったんかな。嫁いだ先から。
花が宅急便で届くと、それはそれは嬉しそうです。
電話ですぐにお礼も言うし。
この温度差はなんなんだろうって、ふと気になったりするね。
そういうのを見ると余計に「お母さん、ありがとう」って、言えなくなる。
本当は一番言わなくちゃいけない立場なんだけど・・・。
照れっていうより、どんな言葉が返ってくるか怖いというのもある。
普段から、いろいろあげたりしてるから、それでちゃらにしてもらおう。
これはこれ、それはそれ・・・っていうのはわかるけど。
あー、毎年、母の日が近づくと憂鬱になります。
ここ最近、休みの日は、魂が抜けたように腑抜けになります。
休みになったら、あれもしよう、これもしようと計画していても、ほとんど計画倒れに終わってしまう。
それで疲れが取れるんならいいんですが、そうでもない。
これが好きな仕事だったら、快い疲労だったりするのかなぁ・・・。
仕事は今の私にとっては、ただ単にお金を得るためだけの手段。
でも、希望としては、生きる糧であって欲しい。
働く場所があるだけ、ありがたいことだと思いつつ、どうしてもそういう心のギャップにぶち当たってしまいます。
『a square peg in a round hole』
丸い穴に四角い釘。
英語で、早い話が、やりたい仕事と違う仕事に携わっている人のことを言うそうです。
差し詰め、今の私は四角い釘そのもの・・かな。
そんなことを考えながら、仕事をしていても楽しいはずはないし、自分を追い詰めるだけだとはわかっているのだけど・・・。
今の仕事を好きになろうと努力はしています。
自分なりにベストを尽くしてはいるつもりだし。
和菓子屋さんでは、お客さんを大事にし、売り上げをどうしたら伸ばせるかいつも考えているし、塾では、どうやったら生徒が英語を好きになってくれるか、日夜、頭を悩ませているし。
でも、やっぱり足りない。
充足感が得られない。
やらなきゃいけないことはわかってはいても、自由な時間は疲れをとるだけの無為な時間で埋め尽くされてゆく・・・。
その繰り返しです。
まじめに生きていないわけじゃないけど、自分に対して、なぜか後ろめたさをいつも感じています。
一番自分を裏切っているような・・・。
本当に、いつまで裏切り続けるのかな・・・もう気力がなくなってきそうだよ。
指輪を失くしました。
何処で失くしたのか、いつ失くしたのかもわかりません。
ここ、数日間、憑かれたように動いていたから、記憶がほとんどないというか・・・。
今日はそんなんで一日、へこんでいました。
また出てくるかもしれないけど・・・、出てこない確率の方が大きいです。
お店も見たけど、なかったし・・・。
実は外では左の指にしているんです。
嘘は駄目なんですけど・・・いろんなお客さんがいらっしゃるので。
だから、無意識に仕事が終わった後に取って、どこかへやったんでしょう。
うーん、実は指輪を失くすのはこれで、二度目で・・・。
二つとも、気に入っていただけに本当にショックが大きいです。
縁がないってことかなぁ。
『お里のくーちゃん』という猫がいました。
父が元気な頃、母と散歩によく行っていた堤防の下の畑に住んでいた、二匹の猫のことです。
一匹のくーちゃんは黒地に少し白が混じっていて、もう一匹のくーちゃんはみかん色の毛がフサフサの大きな猫でした。
父と母が散歩に行くと、必ず畑のどこかの小屋から現れて、「遊んで~」と二匹一緒にやってくるとずっと聞いていた私は、とても会いたくなり、うちの子のエサを持って、会いにいくようになりました。
自転車で遠くから、「くーちゃーん!」と呼びながら近づくと、「にゃーん」と言って、走って出てきます。
本当に二匹とも、すごく可愛くて、綺麗で、時間の経つのも忘れて、そのこたちと遊んでいました。
なんで、こんな人懐っこい猫がこんなところにいるんだろうと思うほど可愛い子達でした。どうも畑の持ち主の人がお世話をされていたようで、完全な野良ちゃんというわけではありませんでした。
帰るときはいつも立ち去りがたく、振り返り、振り返り、帰るといった感じでした。
二匹のくーちゃんは一緒に帰れないことがわかっているかのように、ただじっと見送ってくれていました。
そんな日々がどのくらい続いたでしょう。
ある日を境にいつも二匹一緒に出てきてくれたのが、黒のくーちゃん一匹しかいなくなってしまいました。
一匹になった黒のくーちゃんはすごく寂しそうに見えました。
そして、ある日、その黒のくーちゃんも時々しか出てこなくなって、どうしたんやろうって、心配する毎日でした。
その堤防は犬を放して散歩する人もいるし、きっとくーちゃんたちにとっては住みやすい場所ではなかったのかもしれません。
おまけにいつも一緒にいたみかん色のくーちゃんもいなくなって、黒のくーちゃんは寂しかったんでしょうね。
いつもだったら、追いかけてくることはないのに、その日は帰る私の自転車のあとをいつまでも追ってこようとしました。
よっぽど、連れて帰ろうかと思ったほどでした。
でも、家には十匹近く、猫がいたし、くーちゃんも他の人に面倒をみてもらっている子だし・・・、決心はつきませんでした。
それからもほとんど毎日、母か私がくーちゃんのところに通っていたんですが、その頃になると出会える日のほうが少なくなってきたりして、少しづつ、不安な芽が出てきました。
今から思えば、誰がなんといようと、くーちゃんを連れてかえって来るべきだったのかもしれません。
ある日、近くの猫好きのおじいさんが、「猫が死んでいるけど、あんたとこの猫じゃないか?」って、教えに来てくれました。
「えっ?!」と走って見に行くと、猫神社の前で、くーちゃんが車に轢かれて、冷たくなっていました。
私はすぐには目の前の光景が信じられませんでした。
だって、くーちゃんはどんなについてきても、畑の中から出たことはなかったんです。
まさかこんなところまで来るとは思ってもいなかった・・・。
「ごめんね。ごめんね」と言いながら、涙があふれて止まりませんでした。
私はくーちゃんをだっこして連れて帰りました。
出来るなら、生きている間に連れて帰りたかった。
今、くーちゃんはうちの子たちのお墓のそばで眠っています。
それから、お里へは行かなくなりました。
一度だけ、みかん色のくーちゃんがいないかと行きましたが、そのときも黒のくーちゃんのことを思い出し、泣き崩れました。
こんな寂しい場所でたった一匹になって、ずっと一日に一度しか会えない私達を待っていたのかなぁと思うと本当に悲しくなりました。
まだ、携帯もなかった頃のことです。
数枚の貴重なくーちゃんたちの写真があるだけです。
それでも、それを見ると今でも二匹と過ごした日々が昨日のことのように甦って来ます。
なんか、本当にもうずいぶん昔の話ですが、急に書きたくなって、書いてしまいました。
文章がメチャメチャですが、読んで下さった方、ありがとうございます。
会話は必要だと思います。
でも、時々、人と喋るのが億劫に思えたり、話しかけないで欲しいと思うことがあるのも事実です。
それは、自分の世界に浸りたい時だったり、仕事に疲れているときだったり、心に余裕がないときだったり、ただ気分的に喋りたくないときだったり、本当にたくさんの理由から。
どちらかと言うと、お喋り好きな方の私でもそう思うのだから、そうじゃない人はもっと辛い時があるでしょうね。
日本人は『沈黙』が苦手なのだそうです。
間が持てないというか・・・。
別に、何もお互い話す事がなかったら、それでもいいはずなのに、なにか話していないといけないような気がすることはないですか?
『沈黙』=『気まずい』と変換してしまって、その『沈黙』の原因は自分の方だと思い込む。
だから、喋っている間も、次の話題を探していたりする。
なんか、へんですよね。
へんだけど、前はそういう努力をよくしていました。
人を不快にしたくないっていうか、そういうような考えだけのために。
だから、とても疲れました・・・人と喋ると言うことに。
人と喋っていて楽しいと思えるようになったのは、本当にここ2,3年かな。
それまでは、無理していた自分がいました。
でもね、そういう努力をしなくなったら、友人はがたんと減りましたね。
ってことは、自分が努力をしていたから、繋がっていた関係だったとも言えます・・・。
その友人たちと離れたことが良かったのか、悪かったのかわかりませんが、別に無くしたからと言って困るようなものでもなかったようで・・・。
それでも、やはり大人は愛想でも喋らないといけないときがあります。
つきあいというか、関係を潤滑にするためというか、あと、信頼を築くためにも。
そういう場合は、疲れてるとか、喋りたくないとか言っている場合じゃないので、喋るようにはしていますが・・・。
でも、傾向的に、年をとってくると、みんなお喋りになってくるみたいですね。
特に、男の人は・・・。
おばさん化してくるのかな・・・。
タイトルには、『ちょっと』と付けましたが、かなり怖い話です。
今日、聞いたばかりの話で、その場では案外平気だったのですが、夜になるとちょっと気になってきてしまいました。
なので、忘れるためにパーっとここで書いてしまいます。
和菓子屋のパートは私を含めて3人なのですが、そのうちの一人の方の本当のお話です。
その方のところは、ここ最近、真ん中の息子さんが車で事故ったり、お舅さんが入院したり、いろいろとよくないことが重なっていたので、少し前にお払いに行って来られたらしいと言うのは聞いていました。
ところが、今度は上の息子さん(京都市内で一人暮らしをされているんですが)が救急車で入院したと夜中に電話があったんだそうです。
なんでも、ドライブの途中で寄ったコンビニで急に動けなくなったんだとか。
動けなくなるって、どういうことやろと思って尋ねた私に、彼女がちょっと口を濁したようにして話してくれたところによると・・・。
友達4人くらいと、夜、ドライブに行った帰りに、近道をしようと山道を通ったそうです。その山道はどうもお墓が至る所にあるような霊山のようなところで、本当は通ってはいけない路だったみたいなのです。
で、なんか気味の悪い黒い車を見たんですと。
その途端、アクセルも踏んでいないのに、すごいスピードで車が走り出し、ブレーキがきかなくなったらしいです。
で、その友達に中に、霊感が強い子がいて、いっぱいついてきていると言い出して、それから、みんなおかしくなったんだそうです。
息子さんは今こっちに連れて帰って来られて、様子を見られているみたいです。少し動けるようになったけど、まだ誰かに乗られてるみたいで重いと言っているらしい。
彼女のご主人の弟さんは霊が見える人で、病院から息子だけじゃなく霊もいっぱい連れて帰ってきてしまったとその場で言って、今では、部屋に閉じこもって憑かれないようにされているそうです。
一番下の弟さん(高校生)いわく、『お兄ちゃんが夜中に大きな声で霊と戦っているみたいだった』ようです(その子も霊が見える)。
私には霊が見えないので、そこに3人いるとか言われてもピンとこないんだけど、見える人は本当に怖いだろうなと思います。
だって、その時彼女と話してて思ったんですが、彼女と一緒についてきてないとは断言できないな・・・と。
つい、彼女の後ろの方をちらちら見てしまいました。
相当の数、連れて帰ってきてしまったそうです。
なので、明日、またお払いに行くようです。息子さんと彼女たち家族と、車と。
私には他の霊がつく余裕がないくらい、猫の霊がついてますので、大丈夫。
それに、凛の骨が守ってくれるから。
でも、一応、私の式神さま(紫苑)に守っていただくために呪(しゅ)を唱えておきます。
【楽水楽山急々如律令】(らくすいらくさんきゅうきゅうにょりつりょう)
うん、なんか、清清しくなりました。
知人から、マルチーズ(推定5歳)を飼っている人が意識不明の重体になられて、そのワンちゃんの行き場がなくなったので、誰か里親になってくださる方はいないだろうかと言うメールが届きました。
ちょうど、昔、マルチーズを飼われていて、今現在、犬を飼いたいといってられた方がいたので、早速、お聞きしに行ってきました。
なかなか、こういうのは、いくら普段仲が良い人でも言い出し方が難しい。
とりあえず、世間話を延々とし、なんとなくいいかなと思う頃、実は・・・と切り出しました。
が、簡単に答えの出せる問題じゃないし、感触は正直よくはありませんでした。
やっぱり、そのワンちゃんにしたら飼い主さんのことがずっと忘れられないだろうし、その方にしてみると子犬から自分で育ててみたいと思うのが正直だろうし・・・。
とりあえず、顔が広い方なので心当たりがあれば教えてくださいと言っておきました。
かわいそうだからと簡単に安請け合いできないのは当然だと思う。
飼うとなると、一生面倒を見る責任が必要です。
えさ代もかかるし、病気をしたらお医者さんにもかからなくちゃいけない。
ただ、飼えばいいってものじゃない。
その犬にとって、最高の飼い主はその犬をちゃんと覚悟して受け入れられる人です。
自分がその子にとっての神様になる覚悟がないと難しい。
私もモモの神様に・・・うーん、でもうちじゃ、モモ様が神様って感じですから・・・。
本当に下僕以下かもです・・・私は。
母はちなみに、乳母ですかね・・・。
捨て猫も捨て犬も、最近私の家の近くでは見かけないのですが、そんなわけで、私はたぶん見つけても、いい人に飼ってもらえるように祈ってその場を去るかもです。
自分が連れて行ったばっかりに、その後に現れるはずだった本当に出会わなければならなかった、その子にとっての飼い主に出会う機会を失わせることになるかもだから・・・。
その子の運命の人は決して自分じゃないって、思う勇気も必要なんだと。
自分以外にだって、優しい人は絶対にいると信じたい。
でも、その場になったら、わかりませんけど・・・。
雨に打たれたり、おなかをすかせているのを見たら、立ち去ることは難しいですね。
そのときは、覚悟して、神様になります。
・・・そうそう、ホームセンターの売れ残りのウサギですが、どうも売れたみたいです。
長い間、値下げされ続け、餌もなく、とても心配していたけれど、そんな思いをして見守っていたのは私だけじゃなかったってこと。
そう思うと、心が嬉しくなりました。
きっと、いい人にもらわれて、今頃は幸せになっている、そう信じています。
我が家のモモ様!
ストレスを感じない人はいるんだろうか?
以前、TVで片岡鶴太郎さんが『ストレスを感じたことがない』って話されているのを聞いて、ものすごくうらやましく思ったのを今でも忘れません。
なので、今も鶴太郎さんをTVで見るたびに、『この人はストレスとは無縁なんだな。いいなぁ。』といつも思っています。
塾では、熱心な子が残ってくれたので、割と感心することの方が多くなって、ストレスはあんまり感じなくなったのですが、和菓子屋さんでは結構、あるんです。
いろんな人が買いに来ますからね。
中には、横柄なお客さんもいるし・・・。
低姿勢を保っているけど、かなり顔はピクピクと引き攣っています。
案外、キレやすい性格なのかもしれない。
一番、言いたいのは、『あなたの思ってることは私にはわからない』ってことです。
横柄な人に限って、『あれとこれと・・・』と言っているのが途中で平気で変わったり、なんでわからないんだ、みたいな感じで言われたりします。
『あんたの頭の中でわかってても、私にそれがわかるわけないやん!』って、もう喉の所まで出てることがよくあります。
もちろん、言いませんよ。恐い人が多いもん。
ヤのつく人とかね。そういう感じの人とか、そういう感じの方の奥さんとか・・・。
私はどちらかというと強いものに媚を売るって方じゃないので、結構シビアに対応してしまいます。
温度がこう、下がるっていうのかな。
笑顔も出ずに、淡々と御菓子を入れていくって感じで、なんちゅう感じの悪い店員や・・・と思われてるでしょうね。
だって、店員だって、腹が立つから。
私が男だったら、さぞ喧嘩っ早い性質だったかもしれません。
まぁ、自転車に乗ってて、結構戦闘的な人間だと自覚しているので、なるべく抑えるように心がけていますが・・・。
どんなんや。
母が妹の家から帰ってきました。
ビーズで作った犬のキーホルダーは甥っ子たちを喜ばせたようで、よかった、よかった。
甥っ子の上(小1)は、どうも私の影響を受けやすいのか、ただ単に物を作るのが好きなのか、前に来たときも私のまねをしてビーズ細工を頑張っていたのですが、今回も新たに刺激を受けたようで・・・。
母がこっちに帰ってからすぐに、『あのビーズを買っておいてくれるように(私に)言っておいてくれた?』と催促の電話があったらしい。
おい、おい・・・。
私は完全にライバル視されてます。
私に出来ることが、僕に出来ないはずはない・・・って感じ?
母がしていた、ネックレス(made by 母)と指輪(made by 私)を目ざとく見つけ、『おばぁちゃん、すごく良いのしてるやん!』と目をキラキラさせて言ったとか。
ライバル視されるのはいいけど、『出来ない!』と泣くのは勘弁してほしい。
またゴールデンウィークに来るみたいです。
もちろん、ビーズとモモが目的。
仕方ないので、せっせとビーズを用意して、待ちますか・・・。
3月下旬から4月初旬にかけて降る長雨のことを、【菜種梅雨(なたねづゆ)】というのだそうです。(ちなみに、5月初旬の雨は【たけのこ梅雨】と言うんですって。)
それにしても、寒い。
風邪を引いたようです。(休みでよかった・・・。)
夕べはいい子で4匹寝かけたところへ、雷が鳴って、皆、起きてしまいました。
やっぱり、猫も雷が嫌いみたいです。
テールは『ワーオ、ワーオ』と犬みたいに鳴きます。
モモもそわそわ、不安そうに動き回っているし・・・。
おかげで、眠れなかった・・・。
今日は昨日みたいに膝には乗ってこなかったけれど、行くところ、行くところ、付いて来て、買い物にも行けませんでした。
ちょっと、ゴミ出しに外へ行っただけで、鳴いていた。
そして、今は母がもうすぐ帰ってくるとわかっているのか、外の音にずっと耳をそばだてています。
やっぱり、わかるんでしょうか・・・。
テレパシー?
それはさておき、モモのカテゴリーに、小さい頃のモモの記事を付け足しました。まだ、全部は付け足せていないのですが、動画もあるので、よかったら見てみてください。
拾われたおうちで私が撮ったモモの写真です。
おばさまに大切にされてたね、モモ。
母が留守なので、モモが膝に乗る、膝に乗る・・・。
もう、乗り、乗りです。
モモは小さい頃に川に捨てられていたのを、助けられた子です。
なので、心に小さい傷を持っているように思います。
噛んだりするのも、めったに鳴かないのも、誰かがいないと不安でしょうがなくなるのも、
小さな頃に受けた傷に関係があると思います。
母猫とどうやって離されたのか、最初から野良だったのか、わかりません。
でも、拾ってくださった方がとてもやさしいおうちの方で、みんなでモモをかわいがってくださっていたそうです。
私のところに来たのは、本当に偶然。
その御家族が里親を探しているのを人伝に知り、凛の亡くなった後に知り合った縁でうちの子になりました。
うちに来て、幸せだったのかなぁ・・・モモ。
私たちは、モモと一緒に暮らせて、幸せだよ。
いたずらもするし、噛み付くし、他の大きい猫ちゃんたちにイジワルもするけど、それでもあなたは天使みたいだよ。
だって、私と母だけの生活の中に光をくれるから。
凛を亡くして、泣いてばかりいた私たちに救いと癒しをくれたから。
何より、笑えるようになったよ。
もっと、もっと、大事にしなきゃね。
凛がくれた奇跡のような出会いだから。
ほかの子と一緒に、もっともっと幸せになろうね。
明日(日付では今日)、朝早いのに、モモが膝で寝ているので立てない。
困った・・・非常に、困りました。
明日(今日)、母が妹のところに行くので、お土産にビーズのプードルのキーホルダーを持っていってもらおうと、頑張って製作していたのですが、その間に乗ってきてしまいました。
もう、終わるって頃に乗ってくるんだもんなぁ・・・。
嬉し、悲しです。
もういい加減、足がしびれてきたし・・・。
でも、この暖かさって、命を抱っこしてるって感じられていいよね。
でも、しびれはきついし、眠い・・・。
ビーズ細工は現実逃避に非常に役に立っていて、もう何匹、色違いのプードルを作ったことか・・・。
で、母に見せると、なぜかそのまま母の手元に残り、帰ってこない・・・。
これは見せるなということでしょうか。
でも、やっぱり、せっかく苦労して作ったあとは誰かに見て欲しい。
その誰かは、今のところ母しかいないわけで・・・。
ま・・・いいか、細かいことは。
とりあえず、二匹、作って甥っ子にあげます。
甥っ子の喜ぶ顔が見えるようです。
明日は(って、今日)、猫四匹を持って寝なきゃいけない。
さぁ、どうなりますことやら・・・。
その前に、一仕事あるし、何より、この膝の上のにゃんこをどうにかしないと・・・。
あっ、動かしたら、手を噛まれた!
今日は待ちに待ったお休みでした。
買い物に行ったり、ビーズ細工をしたり、にゃんずと遊んだり・・・。
あ~、どうして休みの日ってこんなに早く過ぎて行っちゃうんだろう・・・って、まるで子供のコメントですね。
働くと言うことは本当に大変なことです。
職業に貴賤はないというのは、当然のことなんですが、時々、それでも疲れてしまいます。
毎日、精一杯、自分の士気を鼓舞して、働いているんですが、これでいいんだろうかと思っているのも事実で・・・。
でも、正直、働いている間は、そういうことをゆっくり考えている時間がない。
これでいいんだろうかと不安のまま、ずるずる時間だけ過ぎていっているという気がして、焦るんですよね。
でも、やはり答えはすぐに出せなくて・・・。
こういう、休みの日に考えようと思うんだけど、いつのまにか夜になっている・・・という感じでしょうか。
ここ2,3日、聞いているCDがあります。
『星の王子さま』の朗読CDです。
『大切なものは目に見えない・・・』という王子さまの言葉は、有名ですよね。
そのほかにもハッと気づくような言葉がいっぱい、ちりばめられています。
子供の頃に読んでも、大人になってから読んでも、同じ感動を味わっています。
でも、大人になってからの方が、心に届く言葉が多いかなぁ。
生きている意味を教えられます。
今日、仕事に行く途中で少しだけ桜を見ました。
晴天に恵まれ、本当に人も桜も嬉しそうでした。
今日が盛りだったんだろうな。
明日から、雨って言ってるし・・・。
お店によく見えるおじいちゃんも、『桜、見たか?』って、寄ってくれました。
83歳で、一人暮らしみたい・・・。
でも、元気で毎日、そのスーパーに買い物に来てくれています。
私の働いている和菓子屋さんは、そのスーパーの入ったところにあるんです。
スーパーの人たちとも、仲良しです。
みんな、笑顔がいい。
買い物をすると、『これからですか?』とか、『もう、お帰りですか?』とか、声をかけてくださいます。
スーパーの駐車場の警備員さんもお菓子を買いに来てくださるお得意さんで、いつも、
『そのままでええよ。すぐ食べるから』
と、桜餅とかもそのまま持っていかれます。
疲れたとき、そういう笑顔や言葉や人の温かさがすごく心地いい。
『あ~、ありがたいな』って思う。
自分はお客さん商売にあまり向いていないと思うし、働くこともそんなに好きな方じゃない。
休みのことばっかり考えたり、休みの日を数えたりする方です。
でも、やっぱり、こういう人との間に生まれる感動は、家の中にいるだけでは絶対に得られないものだと思う。
いろいろ大変なことも多いけど、まだまだ私は人に育てられてるって実感しているこの職場をもう少し、頑張っていこうと思います。
疲れがかなりたまってきました。
毎日、充実していると言えばそうなんだろうけど、自分の時間をゆっくり持てないというのは、やらなきゃいけないことを延々、先延ばしにしているような目に見えない焦りが出てきて、正直しんどい。
そうでなくても、春はあまり調子がよいとはいえない季節なのに・・・。
セントジョーンズワートを気休めのように飲んでいるけど、効き目は正直のところわからない。
そうでもして、頑張らないと、モチベーションが保てない。
結局、普段の調子のよいときの自分というのは、無意識の努力の賜物だったのだなぁとつくづく思う。
努力をする元気も余裕もなくなってくると、すべてがいい加減になってくるし、人に優しくも出来なくなってしまう。
人に接する仕事をしていると、こういう時、キツくなるんですよね。
どうしても、顔に機嫌が表れたりするから・・・。
毎日、同じ顔でいるというのは本当に難しいことですね。
私の精神安定剤は、桂枝雀さんの落語のCDです。
部屋にいるときは、ほとんどエンドレスで鳴っています。
昔から聞いているから、すごく落ち着くんです。
あと、父とよく一緒に聞いていた思い出があるから。
父の誕生日や父の日や、なんでもない日に父に買ってあげたCD。
全集のほとんどを集めたんじゃないかな。
本当に毎日、聞いています。
聞かない日は一日とない。
それだけ、今の精神状態はよくないんだろうな。
それを聞かないと落ち着かないなんて。
でも、反対に言えば、それを聞いていたら落ち着けるんだから、いいか。
青森で、猫を虐待死させた高校生が二人、逮捕されたという記事を見た。
その猫は60歳の女の人が飼っていた猫で、高校生二人は、その女性の孫娘の友人だという。
そして、彼らはスプレー缶とライターで猫に火を吹きつけたり、蹴ったり、挙句の果ては二階から隣の家の壁に投げつけて、殺したのだそうだ。
私はこういうことが出来る人間がいるということが信じられない。
なんと驕りのある子供たちなのだろう。
いや、高校生にもなって、子供はないな。
他人の可愛がっていた、しかも友人の家の猫によくもそんなひどいことができるね。
たとえ、飼い猫じゃなくても、野良猫にしても、そんなことをする人は絶対に許せない。
一度、自分も同じ目にあえばいいんだ。
今の子供は、他人の家の庭にも平気で入ってくる。
他人の庭の丹精の育てた花を勝手に取ったりする。
いくら、子供は好きだと日ごろ豪語している私も、そういう子供たちは許せない。
そういう子供たちは、ただのガキだと思う。
大人や社会がそういう子供たちを生んでいるのだろうか。
全部、大人たちがいけないのか・・・。
最近、そうじゃないんじゃないかと思うようになってきた。
確かに、責任がないとはいえない、でも【自己責任】というものは生まれてきたときから、その人に備わっているものなのではないだろうか。
何がいけなくて、何がいい・・・くらいのことは、わからないはずがない。
他人の子供を叱らない人が増えてきたという。
私は自分の家の庭に無断で入ってきた子供も、猫を追いかけ回す子供も、しっかり叱る。
嫌われても、親に告げ口をされても、いけないことはいけないと言う。
悪いことは悪いと教えないと、今の子供は本当にわからない。
かばってばかりでは、本当に駄目になることをもっと大人は考えなくてはいけないと思う。
じゃないと、自分さえよかったらいいという人間や、他人の迷惑も考えない勝手な人間ばかりの世の中になる。
そんな人間にいくら命の大切さを説いても絶対、わからない。
わかるはずがない。
ツーカーのサービスが終了しました。
昨日は携帯の中のデーター(写真)をパソコンに移し変えたり、友人にメールをしたりと忙しかったです。
名義を父に残したままで使用していたので、引継ぎの変更がややこしかったり、遠方のauショップへ出向く時間もなかったので、結局、新規で契約することにしました。
なので、番号もメルアドも前のは使えません。
新しい番号をまだ伝え切れていないけれど、ぼちぼち、近況がてら報告していこうかと・・・。
古い携帯には凛やナオちゃんや、茶ーちゃんの写真もあって、結局、充電電池の寿命まで手元において、時計や目覚ましのかわりに使うつもりです。
でも、少し寂しいですね・・・やっぱり。
春は何もかもが新しくなり、楽しいはずが、私の場合、ちょっと精神的に不安定になります。
私だけかと思っていたら、どうもこの【木の芽時】と言われる時期は体調を崩す人が多いらしいですね。
なぜなんだろう?
自然の人体に及ぼす影響の一つですな。
あと、不思議なのが、桜。
以前、誰かに聞いたことがあるのですが、桜には人を惑わす力があるのだとか・・・。
そういえば、満月も人をおかしくすると言うじゃないですか。
あまり、迷信とか信じないタイプだけど、こういう神秘にはなるほどと思うことが多いです。
私の家の近くの桜はやっと、つぼみがふくらんだという程度です。
でも、実は私はその頃の桜が一番好きです。
満開の桜は、確かに綺麗だけれど、なぜか寂しい気持ちの方が勝ってしまうのです。
あとは、散るしかないという予感がそう思わせるのでしょうね。
損な性分です。
これは桜ではなく、ユスラ梅です。
最近、仕事の帰りに雨に降られてばかりいる。
結構、狭い道を通っているので、車と出会うとかなり怖い。
疲れて、目が見えにくくなっているのと、車のライトで、かなり視野が狭く感じられて、いつも家にたどり着くまで生きた心地がしません。
そのことを知人に話すと、車の人も雨の日は対向車のライトや光を跳ね返すアスファルトで運転がしにくいのだとか・・・。
まぁ、それもわからないじゃないですが・・・。
でも、それでももっと気を使って欲しい場面が多々、多々・・・・あって。
このところ、私の独り言の暴言は激しさを増しています。
隠しマイクをつけてたら、面白いでしょうね。
結構、攻撃的な人間なのかも。
いや、違う。
卑劣な人が許せないだけだ。
だって、本当に自分勝手に走る人が多すぎるもの。
そういう車には、後ろから、呪いの言葉を吐いたりします。
やっぱり、ちょっとキツイかもしれない・・・自分。
今度一年生になる甥っ子〈お兄ちゃんの方〉が、ネコになってしまいました。
モモにすっかり盲信してしまい、モモのことを『モモ隊長!』と呼んで、四本足で歩いています。
私たちには、憎らしいことを言うのに、モモには常に優しく接しています。
モモも、自分が彼らの妹と思っているようです。
甥っ子がママ〈私の妹〉に甘えているのを見ていて、自分のママも妹と錯覚したのか、やけに妹に甘えています。
この間は、妹の膝の上に乗って、眠っているという衝撃場面に遭遇してしまいました!
私にでさえ、ほとんど乗らないのに・・・なんで?!
やっぱり、ママには勝てないってことなのかなぁ。
なので、ちょっと、ふてくされています。
だって、甘えて、鳴くんですよ。
鳴かない子が・・・。
いつも、人間が二人しかいないところに一度に三人も増えて、モモにしたら、嬉しかったのかな。
寂しがりやなので。
でも、明日、帰っちゃうのに・・・。
きっと、寂しがって、鳴くだろうな。
でも、子供たちには小さいうちに命に触れられて、いい経験だと思います。
モモちゃんの力って、本当、スゴイね。
あれから、例のホームセンターのウサギはたった一匹になってしまいました。
エサは、あるにはあるけれど、やはり少なめですね。
哀しい目というか、人を恨んだような目をしています。
ケージの中に小さな箱みたいなダンボールが置いてあるのですが、その中で横たわっていました。
寝てるのか、病気なのか、ケージに厚めのビニールがかかっているので、よく見えないんです。
ウサギの本を読んだら、すきま風とかは大敵だとあったので、その寒さ対策でだとは思うのですが・・・。
もう少し、ケージの中をこまめに掃除して欲しいと思いました〈匂いがスゴイ・・・〉。
そして、値段が1980円に値下げされていました。
ウサギを見ると、悲しい気持ちになって、何にも出来ない自分にすごく腹が立って、自己嫌悪の嵐に見舞われます。
それでも、やっぱり心配で見に行かずにいられない。
早く、心優しい人に飼われるといいのに・・・。
ずっと、祈っているんだけれど、力が及ばない。
ごめんね、ウサギちゃん。
一生懸命、祈るから。
毎日、あなたのために祈っているよ。
昨日はお彼岸で、ものすごく忙しかったです。
二時であがれると思ったのが、甘かった・・・。
結局、交代の人に『まだ帰らないで・・・』と言われ、結局、5時半までいました。
夜、目を閉じても、おはぎが目の前に浮かんで、思わず、苦笑いになりました。
ホントに、たくさん売ったよ。
頑張ったよ、自分。
で、今日は甥っ子たちがやってきて、結局、休めていない。
でも、モモが接待してくれてるのでかなり助かっています。
初めは階段のところから、半分だけ顔を出して人見知りをしていましたが、いつのまにか、子供たちの輪に入って、遊んでもらっていました。
テールはモモにお株を奪われて、ちょっと寂しそうです。
プリンは、子供があまり好きじゃないみたいです。
真っ黒で目立つので、外にいても、よく、よその小学生に声を掛けられています。
この間なんか、ひっくり返りそうになりました。
『おーい、プリンちゃーん。プリンセス!』
なんで・・・プリンセス?
他の子も、
『プリンセスー!ゴハンをあげるから、こっちにおいでー!』
と言っています。
いつのまに、そんな名前になっていたのか?
っていうか、プリンちゃん、そこまで有名だったの?
とても人が怖い子なので、決してフレンドリーじゃないと思うんですが・・・。
子供たちが呼んでたときも、ものすごい勢いで逃げて帰ってきたし。
しかし。
『プリンセス』は飼い主にはショックでした。
やっぱり、ピンクの首輪がいけないのかなぁ。
だって、可愛くしたいもん。
んー・・・。
『プリンセス』ねぇ。
『プリンス』っていうのは、ちょっといいかも。
でも、キャラが・・・やっぱり違いますわ。
今日は雨降りです。
ずっと、いいお天気が続いていたので、適度な湿り気があっていいかなと思う反面、自転車通勤には憂鬱な空。
やっぱり、雪はもう降らないみたいですね。
凛ちゃんにさよならをちゃんと言えなかった。
ま、いいか、夢の中で雪が降ったし・・・。
相変わらず、凛の姿では出てきてくれないけれど。
夢と言えば・・・嫌な夢を立て続けに見ています。
正夢になったら嫌だし、かと言って、誰やかれに言えるような夢じゃないし。
どうしよう・・・?
なんか、すごく落ち込むような夢です。
だって、ですよ・・・あ~、どうしよう。
ほんとに困る。
こういう夢を他の人も見るんだろうか?
あ~、もう言って、スッパリ忘れます。
私が最近見るというのは、死に関しての夢です。
自分の。
三日ばかり前の夢は、病院で悪い物が発見されたと言う夢。
そして、昨日は、はっきり、余命は2年と半年と言われました。
昨日のは、やけにリアルでした。〈詳しいことを書くと思い出すので、止めますが・・・〉
夢の中には私とお医者さんしか出てこなかったけれど、大泣きしてました。
朝起きたら、夢と現実がごちゃごちゃになってて、慌てました。
なんかねぇ・・・相当、疲れているのは自覚があったけど・・・。
起きた時にモモがそばにいて、その顔見てたら、『まだこの子を残して死ねん』と思いました。
死にたくないな・・・まだ。
夢の途中だし。
生きててもどうでもいい時期もあったけど、やっぱり今死んだら、悔いが残るよね。
以前、怖い夢を見ていた時期があって、夜眠るのがイヤで仕方がない時があったけど、今回もそんな感じになりそう。
でも、やっぱり、いつ死んでも悔いが残らないような生き方を、毎日しなきゃいけないと思いました。
いつまでも時間があるわけじゃないんだから・・・。
なぜか、このごろ昔のことをよく思い出すようになりました。
春というのは、そういう季節なのかなぁ。
塾でも、進級する子の中に他の塾に移る子がかなりいて、この時期は別れの時期でもあります。
出会いがあれば別れがある・・・というのはわかっているけれど、やはり寂しさは隠せませんね。
言葉では、『どこへ行っても、頑張って勉強するんだよ。人のためじゃなく、自分のためなんだからね』
などと、わかったような口をきいていますが、心の中では、
『なんでやめるん・・・。私を捨てる気か・・・』
くらいには思っています。
ま、それは大げさですが。
でも、去る側の方が、去られる側よりつらくないんだろうな・・・というのは、よく思います。
すごく懐いていたというか、傾倒していた子が、あっさり他の塾へ行くというのは本当によくあることで。
どうしても、裏切られた感がぬぐえませんね。
でも、その子が、その子の親が、さらに上を目指し、ステップアップすることを望んでいるのなら、それは前向きに良いことと受け止めなきゃいけないわけで。
でも、それがなぜ自分の塾ではだめなんだろうとはいつも思うことですが・・・。
いつか、別れがくるのは仕方がないことなんだから。
自分が彼らの成長期にかかわれた大人の一人だと思えば、ちょっと溜飲も下がるかな。
今日は本当は『親友』について書く予定でしたが、長くなりそうなので、また次回にします。
抜糸のときに母が『モモがおとなしくならないんです』と先生に言ったら、『それはならないと思いますよ。関係ないですから。』と言われたそうです。
ガクッ。
今、窓から外を見ています。
外を見ているときは、本当におとなしい。
外に気を100%取られてますから・・・。
凛のリードで散歩をしてあげたら喜ぶだろうな。
でも、それをするとますます外に出たくなるし、凛のときみたいにストレスになると困るし・・・。
かわいそうだけど、モモは出さないと思います。
時々、だっこして家の周りを歩くことはあります。
モモは固まってるから暴れないんだけど、いざ家に入ろうとするとグルルルと言って、噛み付きます。
うちにいるのはライオンの子かもしれません。
ネコの皮を被った・・・。
今日はとてもよいお天気で、仕事に行くのがなんだかもったいないような日でした。
ほんとに、志気の上がらないヤツ。
『よーし、今日も売って、売って、売りまくるぞー!』って、言ってみたい・・・。
他のお二人は、結構、人に勧めるのがお上手で・・・。
私はどちらかと言うと、『おいしい?』ってお客さんに聞かれると、『えっ?・・・ええ。おいしいですよ』ってな感じで即答も出来ません。
いや、おいしいですよ。ほんとに。
ただ、好き好きがあるかなぁとか、いろいろ、短時間の間に考えちゃう方で、それって、下手ってことですよね。
よく、『商売っ気がないなぁ~』などと、人に言われます。
そ、そんなことはないんですが・・・。
ただ、商売人じゃないことは確かです。
でも、笑顔だけは絶やさずにいます。(笑ってごまかしている・・・とも言いますが。)
最近、ずっとセントジョーンズワースを飲んでいます。
効いているのかいないのか・・・。
まぁ、擬似薬のつもりなんで、上等です。
あと少なくなってきたから、またオークションで落札しなきゃ。
私の買い物のほとんどは、オークションで買ったものです。
服も、本も、CDも、猫関係の物も、ほとんどがそうです。
今日、着ていった、たんぽぽ色の春物のセーターもそうです。
いいものを安くで買う・・・というのに、すっかり味を占めてしまってからは、正価で買えなくなってしまいました。
貧乏生活だしね。
だからといって、客商売だから、同じ服を着てばかりもいられないし。
この冬は本当に、お世話になりましたって感じです。
みんな、ものがいいものばかりで、着るのがとても楽しみでした。
これからは、春用のカットソーを狙おう。かわいいチュニックもいいなぁ。
もう、すでにチェックを始めています。
今なら、ゆうちょ銀行の振込み料がタダだからね。
オークションの楽しいところは、売り手にもなれるところ。
読み終わった本や、もう聞かないCDを出品して、そのお金で欲しい物を買っています。
儲けようなんて、考えるとダメですね。
でも、自分の商品が高値で売れたときは、メチャクチャ嬉しいです。
めったに、そんなことはありませんが・・・。
ゆうべ、のども痛く、おかしいなと思っていたら、今朝、熱が出て起きられませんでした。
風邪かなぁ・・・。
でも、なんとか今日一日で治ったみたいで、よかったです。
20日のお彼岸まで、せめてあと少しもってくれたら・・・。(和菓子屋さんの書き入れ時なので。)
でも、甥っ子たちが20日以降に来るらしいし、いろいろな意味で、私の平穏はまだまだ先のことになりそうです。
本もゆっくり、読めてないなぁ。
ネコたちとも、ちゃんと遊んであげていないし。
そうそう、モモの抜糸もそんなわけで、母にお頼みしました。
タクシー代を出すと言う条件で、すんなり行ってくれました。よかった。
モモはキャリーバックに入れても、タクシーに乗っていても、病院でも、一言も鳴かなかったそうです。
そりゃ、普段も鳴かない子だけど、あまりに徹底しているので、かえって感心してしまいます。
サカっている時はものすごい声を出して鳴いていたのに・・・。
今は母が買い物や、お風呂に入って、部屋にいない時にしか、鳴きません。
私がいないときも鳴いてくれているんだろうか・・・。
たぶん、鳴いていないような気がする・・・。
モモは本当に母が好きなので。
ちょっと、軽くジェラシーです。
仕事を終えて、郵便局やら、銀行やら、ホームセンターやら、寄って帰ってきて、ホッ、と遅い昼食を食べていると、店から電話が・・・。
そのあとも、二回鳴り、計三回・・・ございました。
全部、私のミスです。
ミスと言うほど大きな物じゃないのですが、引継ぎで言い忘れていたこととか、入荷日の日付を書き忘れていたこととか、特注のお客様の伝票を出したままにしておいたこととか・・・。
なんで、こうも抜けているのかと思うようなことばかり。
大して忙しかったわけじゃないのに、どこか気が緩んでいたのでしょうか。
そういえば、今日は出店の北海珍味のおじさんがよくおしゃべりに来てて、喋っていたというのもあります。
あと、引継ぎの人がとても話し好きの人でその人の話を聞いてるうちに30分がたち、あわてて帰ったというのもあります。
でも、それにしても抜けすぎている。
私はどうも、人と話しているとよく何かを忘れてしまうらしいです。
それまでは覚えているのに、話している間にすっかり頭の中がゼロになってしまっているというか・・・。
だからといって、ずっと他の事に気を取られながら、目の前の人の話を聞くという器用なことは出来ないんですよ。
なので、最近はテーブルの上に、忘れないようにいっぱいメモ書きを貼っています。
えー、こんなことまでと言うようなことも書くようにしています。
なんか、自分がこの頃、信じられなくて・・・。
後でショックを受けるより、いいかと・・・。
ホントに・・・。
私の評価はかなり落ちてしまっています、皆さんから。
いいけど・・・別に。
これが本当の私なんだから。
今まで抜けているのを隠し通してきたけど、どうも無理がきかなくなったみたいです。
仕事に行く前に、例のホームセンターに寄って来ました。
ウサギのエサ・・・、今日も空っぽでした。
すごく、悲しい気持ちになりました。
そして、二匹のうち、一匹には予約済みの紙がケージのところに張られていました。
二匹寄り添って寝ている姿を見ると、どうしても、『二匹一緒に買ってよ』と思わずにいられませんでした。
1匹、『2490円』ですよ。
ちょっと、安すぎませんか?
私が飼えるものなら、買って帰りたいよと思ったほどでした。
でも、実際問題、とても無理で、『ごめんね』とウサギに謝るよりありませんでした。
ウサギの担当って、誰なんだ。
ケージの中が汚れていたけど、ちゃんと掃除はしているのか。
掃除をちゃんとしてないから、エサがないのもわからないんだろう。
私がそこの店の社長だったら、もう絶対、クビにするのに。
怒りがマックスになったところで、こんなお店で買い物をするのもイヤだと思いつつ、シーバ〈猫のエサ〉が一箱298円だったのと、猫缶が3割引きだったので、一杯買い物かごに入れ、いざレジに並ぼうとしてカバンの中に手を入れ、愕然としました。
財布が・・・ない。違うカバン〈和菓子屋用〉から、移し替えるのをすっかり忘れていたのです。
くー!
これは、ウサギの呪いではなく、ウサギの担当の呪いでしょうか。
そうとしか思えないほど、落ち込んでしまいました。
シーバが・・・。
モモや、みんなの残念そうな顔が浮かんできて、たまりませんでした。
明日〈もう、今日ですが〉は、朝出勤なので、仕事の帰りに、ちょっと遠回りだけど寄って買いに行こう。
その時、またウサギの様子も見れるし・・・。
でも、シーバは残っているかなぁ・・・心配です。
昨日、知人から鶴屋吉信〈京都)の『つばらつばら』というお菓子を頂きました。
一見すると、薄いどら焼きを半月に切ったようなのですが、これがまた上品な甘さで・・・。
満月の『阿闍梨餅』の次に好きなお菓子になりました。
どちらも、生地に御餅が入っているのか、もちもちっとした食感がなんともたまらない。
中の餡も自己を主張しすぎず、皮とほどよい協調性を保っていて。
どうぞ、私を食べて日ごろの疲れを癒してください、と言っているような気がする。
おいしいものを食べた時はいつもそう思いますね。
そういえば、最近、京都に行っていないなぁ。
といっても、私が住んでいるところも京都です。
但し、京都Prefecture。
たいてい、他の方が『京都』と言われてイメージするのは、京都市ですよね。
なので、『どこから来られましたか?』と尋ねられたとき、『京都です』とはなかなか言いにくいです。
これが、大阪とか、奈良とか、和歌山とか、北海道とか、沖縄とか、東京とか〈・・・疲れた〉の人だったら、別にこだわりとかないように思うのですが・・・違うんでしょうか?
でも、そこまで詳しく言う必要もないような場合なら、『京都府です』って、あえてそんなヒネた言い方をせず、『京都から来ました』で、いいのかなぁ。一応、ウソではないんだし・・・。
でもなんか・・・罪悪感が・・・。
市内に住んでいない人間は、たいていそうだと思いますよ。
タレントさんで、京都市内じゃなく、違う市の出身の人が,『出身は京都です』と言われているを見ると、『嘘やんなぁ』と思ってしまいますから。
『京都』は同じ府内に住んでいる人間にとっても、特別なところです。
やはり、都って意識が残っているのでしょうか。
でも、私は京都に生まれてきてよかったと思っています。
そこに京都があるだけで、安心できる。
いつか、京都の町家に暮らすのが最終の夢です。
昨日の夕方、親指が痛いと思ったら、天辺の左端の方〈爪の付け根に近い方)が2ミリくらい、パカっと裂けていた。
最近、なんでこんなところを・・・という傷が多い。
モモに引っかかれるとか、噛まれるということはあるけど、あきらかにそのときの傷じゃないものが。
乙一の小説みたいだ・・・。
私もこの傷で誰かを癒しているのかなぁ・・・って、そんなわけないやん。
微妙に神経が集中している部位じゃないですか。
もう痛いのなんの。
触らずにいられない場所だし。
また、バンドエイドが貼りにくいったらない。
指サックをしようかなぁ。
でも、あのゴムの匂い、なんとも言えず嫌いなんだけど・・・。
今はなるべく親指を使わないようにしているけど、無意識に触っちゃうし。
本当に心当たりがないんですよね・・・。
こんなところ、いつ傷つけたんだろう。
心当たりがあるとすれば・・・静電気。
前にも書きましたが、かなり静電気を帯電していて、お店でピリピリ、ピリピリ、放電しています。
お客さんにおつりを渡す時、必ず電気も一緒に渡して、びっくりさせてます。
この電気で裂けちゃってるんじゃないよね。〈絶対、それはないだろう〉
だったら、本当にこの傷はなんなんだー!
痛いだけに気になります。
地方版じゃなく、全国区で言われる天気予報というのは、やはり関東中心におっしゃっているんでしょうね。
『今日は穏やかなよい陽気でした』と言われる日に限って、こちらはものすごく寒くて、ブルブル震えていた・・・というのが、よくあります。
日本列島は細長いし、太平洋側と日本海側でも気候が違うから、仕方がないことではありますが、ちょっと寂しい気持ちは隠せません。
寂しいと言えば・・・。
春が待ち遠しい一方、もう一度、雪が降って欲しいなと思う今日この頃です。
凛にちゃんとさよならを言いたいのです。
ふきのとうや小川の水のせせらぎにも、凛を思い出します。
でも、雪は特別でした。
凛は雪の精になったと信じ込んだくらいでしたから。
もう、二度と会えないと思っていた凛に会えて、今年の冬は本当に嬉しかった。
神様、なごり雪でもいいから、もう一度、凛に会わせて下さい。
新しい携帯を買いました。
というのも、ツーカーが3月末までで終了してしまうので。
父の名義のままずっと使っていたけれど、この際なので、一から変更して、新規でauにお世話になることにしました。
それで、ついでにと言ってはなんですが、今まで持っていなかった母も持つことになりました。〈本人の希望で〉
ストラップはとりあえず、私の作ったビーズ細工のクマを付けて置きました。〈無理やり〉
もちろん、私のにもヒゲ無しのビーズネコがぶら下がっています。
ワンセグやお財布機能や、なんやら一杯付いていますが、怖くて使えない。
メールと時計と目覚ましとカメラだけでしょうね、私が使うのは。
通話もほとんどしないし。
いいんです。宝の持ち腐れと言われても。
とりあえず、持っていることが保険みたいなものなので。
ツーカーの終了までに新しい携帯が手に入ったので、早速、古い携帯から凛たちの写真を移し替えています。
結構あるので、ちょっと大変。
でも、凛も無事に引越し出来てよかった!
モモは手術前より、なんか一段とオトコマエになったような気が・・・。
いや、女の子なんです・・・よ。
それは間違いじゃないんですが・・・。
とりあえず、遊びが激しい。
この一言に尽きます。
タンスのてっぺんから、まずエアコンに移り、さらに近くの柱時計に飛び移るんですよ。
そして、その先の小さい絵の入った額の上に乗ろうとする。
絶対無理なのに。
柱時計に乗ってることさえ、もうすでに無理です。
なんで、そんなに高いところが好きなのかなぁ。
高いところに上がって、物を落とすというのが一番楽しいみたいです。
相変わらず、噛みつき猫だし・・・。
テールちゃんなんか、こんなはずじゃなかったのにと恨めしそうです。
一番苛められてるから。
体は一回りも大きいのに、やられっぱなし。
性格がおとなしいので、攻撃的なモモちゃんは嫌いなんだって。
モモにやられた後はいつも、『苛められたー』と膝に乗って私や母の顔を見ます。
抱きついていますね、膝に乗っていると言うより。
モモはそれを見て、また余計にむかついて、テールを苛めるという・・・。
徐々におとなしくなっていくのかなぁ。
私の手も未だに生傷が絶えません。
この間、団子を食べている最中に噛んだ舌がいまだに痛い。
ちょっと硬めのみたらしを思い切り噛んでいた時だったので、痛いのなんの。
涙目になりました。
疲れが相当ヤバイなぁ。
なんで、普通に順調にいかないんだろう。
いつも、仕事を決めて、慣れてきた頃に、人事によるしわ寄せが来る。
前の本屋さんのときもそうだった。
気のいい店長が辞められ、他の従業員も次々といなくなり、人手不足に拍車がかかり、休むに休めなくなって、PD(Panic Disorder パニック障害)の症状がひどくなり、辞めざるをえなくなったんでした。
今回もちょっとだけ似ている。
一人での店番に慣れてきた頃、他の人の事情で、休めない事態に陥っている。
その人のお母さんが亡くなられたのだから、仕方がないんですよ。
実家は遠いから、週末ごとに帰られているのも。
本当に不測の事態。
誰が悪いわけじゃないから、よけいに始末が悪い。
ドリンク剤も飲んでいるけど、もう一つかな。
不安感はどうしようもないから。
リーゼもないし。
仕方がないので、今は『セントジョーンズワート』(DHCの)を飲んでいる。
要するにサプリメントです。
リラックス効果があって、イライラによいと・・・。
本当かウソか、わかりませんが、私にとっては擬似薬みたいなもので安心できています。
こういうのって、確か、『プラシーボ効果』っていうんですよね。(リーゼのときも結局そうだった)
体調的に不安感を感じた時は、それを3錠飲んで、出勤します。
で、それを飲まなきゃと思うときは本当に自信がない時で、要注意です。
ハーブの一種らしいので、副作用はないようだし、とりあえず安心できたらそれでOKって感じですか。
家にいる時は極力リラックスするようにしているけれど、やはり半日では疲れは取れない。
5時間ずっと、不特定多数の人に見られているというのは、本当に神経を使うものです。
やっぱり、まだまだ修業が足りないのかな。
そうそう、猫のえさを買いに行ったお店でジャンガリアンハムスターを見ました。
『かわいい~!』
と思った次の瞬間、ゆうべのネズミの映像が・・・。
なんとも言えない複雑な気持ちになりました。
母の謝り方というのは、そんな謝り方なら謝らない方がいいという、典型的な悪い謝り方です。
『はいはい、私がどうせ、悪いんでしょう!あー、ゴメン、ゴメン、私が全部悪い、悪かった!それでいいんやね!』
私はいつもこれで泣きます。
もう、完全な泣かせ文句です。
だんだん最悪の状況に突入していく・・・という予兆のような言葉です。
結局、素直になれない人なんだと思います。
自分が悪いと思いたくない。
母も心の中にもしかすると闇の部分を持っているのかもしれません。
それこそ、弱みを見せたくない人なので、言えないのかな。
そんな母が今日はタラコスパゲティを夕食に作って待っていてくれました。
私が大好きなメニューです。
きっと、あの人なりの精一杯の気持ちだったのでしょう。
今まで、こんなことはなかったのに。
でも、今回は90パーセントくらい母が悪かったですから、さすがに気が咎めたのじゃないかな。
一応、私も『おいしかった』と言っておきました。
なんか、こうやって、食べ物でごまかされて上辺だけの和解を繰り返してゆくんでしょうね。
それでも、仲直りしないよりマシ・・・か・・・。
根本的な部分はちっとも解決されてないから、またいつ勃発するかわかりませんけどね。
それより、さっき、寿命が縮む事件がありました。
フクが夜の散歩から帰ってきたので、いつものように窓を開けると、大きなネズミを銜えているじゃないですか。
『ゲェッ!』
自分でも物凄い声が出ました。
その声にビックリしたフクが、思わず、ネズミをポロリと落とし・・・!
『ワァァ!!』
と、またスゴイ声です。
フクを掴んで、部屋の外に出し、今度はネズミの捕獲に大わらわ。
夜中の十二時ですよ。
捕獲といっても、虫の息だったのですが、掴むわけにもいかないし、『もうどうしたらいいんや~!』って、一人、オロオロしていました。
ハツカネズミの二倍はあるでしょうか。
ネズちゃんもよくネズミを持って帰ってくる子だったので、慣れているとはいえ、こわいのに変わりはなく。
『こわいよー、こわいよー』と言いながら、ほうきとちりとりで捕まえました。
目はすごくカワイイんです。
でも、やっぱりこわい。
フクはおみやげを持って帰ったつもりなので叱れません。
フクに捕まったネズミさんも災難でしたが、私もかなり可哀相でした。
今度からは、窓を開けるとき、何も持ってないか確認してから開けるようにしないと。
今でもまだドキドキしています。
モモの術後ですが、とても順調です。
おなかを包帯すら巻いていないので、すごく心配でしたが、かえってストレスがないのか、自由に走り回っています。
もちろん、ばんそうこも貼ってません。
なので、縫い目とかよく見えます。
先生が上手に縫ってくれているのがよくわかる。
よかった。よい先生にして頂いて。
初めての病院だったけど、安心してお任せできたし、これからはこちらの病院にお世話になることになりそうです。
なんといっても副院長がいい。
フクという名前のネコちゃん。(うちのフクと名前が一緒です!)七歳。
その病院が開業された時に同時に飼い始められた雑種の猫ちゃんなんだそうです。
受付のところにちょこんと座っていたので、『いい子だね』と声を掛けると、『ニャ~』と返事をしました。
ちなみに警備はワンちゃんの名前がありました。(お出会い出来なかったけど、お仕事中だったのかな。)
モモの性格もいまのところ、かわりはないようです。
他の子が嫌がらなくなったのは大きいですね。
今朝なんか、フクとくっついて寝てました。以前なら、絶対ありえなかった光景です。
その上、驚いたことに、フクがモモの頭を舐めてやっていました。
寝ぼけていなかったら、貴重な瞬間が撮れていたのに・・・。惜しいことをしました。
母との喧嘩ですが、仲直りするのがまた一苦労です。
一応、仲直りはします。
じゃないと、苦しさは増すばかりですので・・・。
でも、結局、根本的な解決には至らないので、うやむやで終わるよりないという感じです。
まぁ、いつも怒るのは私の方が多いので、許すというのもほとんど私の方ばかりです。
母も相当、母なりの努力をしているんだと言い聞かせ、少しづつ、喋るようにしていく。
今回もそういうパターンになりそうです。
ブログでは私が一方的に自分の立場からだけで、母の悪口を言いましたが、母には母の言い分があるだろうし、公平ではないですね。
ブログの名前を変えたほうがいいかな。〈苦笑〉
『空色の旅』というのは、私が書こうとしていた童話の題名から付けました。
何にもとらわれない自由な心を表した・・・ってところでしょうか。
あと、ハンドルネームの『メル』は昔飼っていた、トイプードルの名前です。
私が買った子だったのに、私より父が大好きで、父もすごくかわいがっていた子でした。
私はもともと犬の方が好きだったのです。
ネコはどちらかというと苦手でしたね。
ひっかくし、毛は付くし、わがままだし・・・。
今では、こんな愛しい存在はいませんけどね。
母と喧嘩をしました。
母との喧嘩の虚しさはもう十分すぎるほど知っているので、なるべく逆らわないように、当たり障りのないことしか言わないように注意していたのですが、どうしても許せないことがありました。
結局、一晩寝ても許せる気持ちになれず、こう着状態が続いています。
こういうとき、いつも思う。
母は妹と暮らしたかったんだろうなと。
私とは昔から、そりが合わなかったし。
妹なら、もっと母とうまくやっていけるんだろうなと。
喧嘩の度に言い合いになり、どちらかが泣き(どちらも泣くことの方が多いか・・・)、私はなぜわかってくれないのだと言い、母はアンタは難しすぎると言い・・・。
わかりあえない人間が同じ家で暮らしていく限界を感じ続けていたけれど、私には行くところもないし、父が亡くなった今、母を頼むと言われていたし、頑張って諍いをしないように努力していたのに。
私だけが努力をしていたとは思わない。
でも、喧嘩をするのはいつも母の心無い言葉や態度が原因で、そのたび深く傷ついてしまう。
母も私に対して、ガマンをしていると思う。
私は夢ばかり追って、地に足が付いていない性質だから。
でも、母は時々、私が病気だということを忘れている。
私がパニック障害であることを忘れてしまっている。
一番理解されたい人に理解されない悲しさ。
これは言い表しようもない寂しさです。
だから、私は人の痛みや傷を理解したいと思うのかな。
自分にはどうしても与えられない物だから。
母が思いやりのない人だとは思いたくないけど、自分の親ながら、もしこれが違う親だったらとよく考える。
こんな大きくなって、いまだにこんなことを言っているのは恥ずかしい限りですね。
あー、情けなくなってきた。
でも、ダメなんだよね。今に始まったことじゃないだけに、小さな頃の自分が出てきてしまう・・・。
父はいつも私と母の喧嘩を第三者のまま、寂しそうに見ていたっけ。
だから、最期に心残りだったのは私と母が仲良くやっていくことだけだったと思う。
病院でずっと心配していたから。
本当に私は心底、親不孝だな。
頑張らなきゃと思えば思うほど空回りしている。
母の期待するような自分になりたいと思うのに、そうじゃない自分にばかりなってゆく。
母にはいつも不甲斐ない娘でゴメンという気でいる。
でも、きっとそれだけじゃ足りないんだろうな。
モモの術後ですが、『本当に君は手術をしたのか?』というくらい、元気です。
ありがたいことです。
性格も見るところ、変わっていないです。
獰猛なところも、天真爛漫なところも、寂しがりなところも、やんちゃなところも。
ただ、他のネコをあまり追いかけなくなりました。
薬もウェットフードに混ぜてやったら、見事に食してくれています。
抜糸までまだまだあるので、目は離せませんが、とりあえず、ホッとしているところです。
そうそう、昨日のタイトルはさすがに誤解を招くようなのでしたので、変えておきました。
はぁ、今日も疲れました。
ゆうべから、ずっと仕事の段取りのことばかり浮かんできて、なんでこうも気が小さいのかなと自分が嫌になりました。
でも、考えた甲斐があって、おたおたせずに済みました。
でも、疲れてくると声が大きくなることがわかりました。
ヤケになってるんでしょうかね。
忙しければ忙しいほど、丁寧になる。
一人の人に対峙する時間が少なければ、次々とお客さんははけてゆく計算になりますが、一人の人に長く接していると、その分、楽も出来るわけで。
楽ってほどじゃないですけどね。
待っている人の見えないプレッシャーは強烈ですし。
でも、もう完璧にしなくてもいいんだと自分の中で折り合いをつけた部分があります。
今日は、みたらし団子と三色団子と草団子と草もちとツマミと桜餅と柏餅を特売で13円引きで売ることになっていました。
どーんとパン箱にそれぞれ並んだままを表の平台に置くのですが、それだけを置くスペースがない。
なんといっても七箱ですから。
お客さんはその中から、あれとこれと、それと・・・と、大体二つづつくらい買います。
それを、確認しながら、こちらで取って、パックに入れてゆくのですが、しんどい思いをするわりに、金額は少ないときています。
また、お団子同士がくっついてなかなか、離れない。
もう、泣きたくなります。
こういうのが毎回、土、日、あるわけです。
避けては通れない。
なので、もう今日は先にパックにいっぱい詰めて、それを先にとってもらってから、少なくなってきたら、パン箱を一つにまとめたりして置いていきました。
そうしても、やっぱり忙しかった・・・。
お金はよく間違うし・・・。
『スミマセンでした!』とひたすら平謝りです。
忙しい中にもしっかり落ち込むし、本当に疲れ果てました。
なんか、こんなことしている場合なのかなと毎日、葛藤です。
本当にやりたいことは、疲れ果てた頭ではゆっくり考えることも出来ません。
それでも、食べていかなくちゃいけないからね。
本末転倒、って気もしないではないんですが、甘えていても仕方ないし、やっぱり乗り越えなきゃいけないってことでしょうね。
自分の人生だから。
まぁ、とりあえず、今日は帰ってきて、母と小さなことで喧嘩をし、ふてくされて、カーって寝ました。〈テールが添い寝をしてくれました。あとから、モモも一緒に寝てくれました。癒された~。〉
明日は塾の日。
塾は塾で、この間、厳しくするといった子が辞めてしまったし・・・。
私が悪いのか・・・。
当たり前のことをしなさいと言っただけで、なんでもうイヤになってしまうのか。
甘えを少しぐらい許さなきゃいけなかったのか。
あんなの厳しいうちに入らないと思うけど、それでもあの子たちには厳しい要求だったのか。
・・・悩みます。
今日もまた午後から仕事。
明日は朝から。
半日の仕事といえ、毎日はキツイ。
って、普通に働いている人はこれ〈毎日働くというの〉が当たり前なんですよね。
でも、私はかなりしんどかったりします。
パニック障害の自分は本当はこういう職種は避けて通った方が自分のためにもいいんだとはわかっています。
でも、手っ取り早く雇ってもらえるというのと、もう一つの塾の仕事を辞めたくなかったら、どうしてもシフトのある、日にちを融通してもらえる仕事になるわけです。
いつも書いていることですが、人と接する仕事は基本的に嫌いではありません。
人と喋っていると元気にもなるし、笑顔も生まれます。
でも、しんどい時は本当に誰とも喋らず、貝になりたいと思うことがある。
最初の時みたいに、『お客さん、来るなー』と思うときもある。
特に土、日は忙しさもハンパでなく、それを想像すると行きたくなくなる。
何日か前の例の予兆が最近、また顔をのぞかせてきました。
体力のある時や余裕のある時は、『そんなもの大丈夫!』と跳ね返す気力もあるのですが、今はすっかり弱気になっているので、相当にヤバイです。
休みが欲しい。
でも、しばらくはこのままでいかなきゃいけないらしい・・・。
もう売り上げなんか、知らん。ゆっくりやるぞ。
テキパキするのもやめてやる。
欲しかったら、そっちから声掛けてくるまで、私は動かん。
・・・なんか横暴な和菓子屋さんですよね。
でも、人間、そんな時もあらぁな。
キカイじゃないんだから、いつも100%ではいられない。
こうなったら、内職も持っていってやる。
英語をまた勉強しようかと思っているので、最近、英語で日記をつける練習とかしてるわけです。
それも向こうでやってやる。
なんか、むちゃくちゃになってきました。
モモちゃんですが、少しおとなしめですが、それでも夜中に私の机の上のものを全部落としてくれましたし、性格はかわっていないようで安心しました。
噛んでくれますしね・・・。って、獅子舞か。
術後服を作ってしまいましたが、ものの10秒もかからないうちに脱いでしまいました。
また、考えます。とりあえず、舐めていないので今は安心しているのですが・・・。
おっと、時間になりました。
キレたまんまで、行ってきます。
ここ一週間で何度、凛が、いや雪が降っただろう。
今日もかなり吹雪いています。
こういう時に自転車で出勤しなきゃいけないかと思うと、憂鬱です。
雪を凛だと思うから、怒らずにすんでいるけど・・・。
モモは久しぶりにTVを見ています。
ネコの後姿って、かわいくないですか。
思わず、裃(かみしも)を着せたくなります。
一度作ってみようかなぁ・・・ものすごく似合いそう。
でも、モモちゃん、一応女の子だし・・・。(ここのところ重要なんですが、すぐに忘れてしまう飼い主です。)
明日は手術。
こちらまで、心臓がバクバクしそうです。
あんまり考えないようにしよう。
そう思っても、今夜と明日の晩は眠れないのでしょうね。
昨日は思いのたけをブログにぶつけてしまいました。
Yさんにはあずかり知らぬことで、申し訳なかったと思います。
ちょっと、感情的になっていました。
ただ、あなたのブログへのある人のコメントを読み、悲しかったのは事実です。
あなたの人生なのに、人があーではない、こーではないと批評する。
ブログとはそういう場所なのかもしれない。
『頑張っていいんだよ』という人もいれば、『そんなことはない。身の丈にあった生き方をしろ』という人もいる。
もっともなことです。頭ではそうわかっている。
でも、なんで水を差すようなことを言わなくちゃいけないんだと頭にきたのも事実で。
本人が前向きに頑張ろうとしているのに、後ろ向きの発言をしなくてもいいじゃないか、と。
反発ですね。
あなたのブログで堂々と反論して、意見を戦わせたらよかったのかもしれないけれど、たぶんあなたはそれを望んでいないと思ったので。
その人にはその人の生き方があり、意見があり、尊重もします。
でも、あなた以上にあなたのことをわかっている人間はいないと思います。
だから、やっぱり、頑張ることをやめないで下さい。
ほとぼりが覚めたら、またお邪魔をします。
また、それはあんまりじゃないかと思ったら、援護射撃もします。
自分で立ち直ろうとしているあなたなので、大丈夫だろうとは思いますが・・・。
一緒に考えてくださったMさん、Nさん、本当にありがとうございました。
まだ、スッキリとはいかないんですが、その人の今後を見守っていきたいと思います。
モモは明日の夜十時すぎから、断食に入ります。
って、修業をするわけじゃないんですが・・・。
翌朝のゴハンはもちろん、水も飲んだらいけないので、かわいそう。
でも、そうしないと吐いちゃうし、その吐しゃ物がのどに詰まって死んだりするかもしれないと思うとやっぱり、そこのところは心を鬼にしないと。
テールやプリン、フクちゃんにも少し我慢してもらわなきゃいけない。
すみませんね、末娘のために。
術後はおしとやかになって戻ってまいりますので、またよろしくお願いしますね。
そんなことはまったく知らないモモちゃんは、今日も飛んだり、はねたりしています。
おかげで、どこで付いたのか足の裏にガムテ、発見。
顔もススが付いて、ちょっと泥棒みたいです。
やんちゃ姫がおとなしくなると思うと、少し寂しいです。
でも、あまり変わらない子もいるそうなので、ちょっと安心。
どっちなんや、って感じですね。
おとなしくなって欲しいのか、変わらないでいて欲しいのか。
本音は変わらないで欲しい。でも、噛むのは止めて・・・でしょうか。
それはさておき、ちょっともやもやしています。
このままじゃ、気持ち悪いので少しここで吐き出してから仕事に行くことにします。
ある人がいます。
その人はいろんなことがあり、鬱になり、仕事も辞めていました。
でも、頑張って、新しい仕事にもつくことができるところまで元気になりました。
でも、その仕事は営業でした。
その人を知る人は、営業なんて無理だと言います。
でも、本人はやってみようかなと思っています。
あなたなら、その人になんて声を掛けますか?
営業で人に揉まれて、傷つくのがわかっているから、止めろと言いますか?
確かに傷つくかもしれない。
でも、その人の可能性や芽を奪うことになりませんか?
「頑張ってやってみたら?」と言うことは、無責任な言葉かもしれない。
でも、そうやって、『傷つくから』、『また辞めなきゃいけなくなるかもしれないから』、とか言っていたら少しも進歩できないじゃないですか?
一度、ダメになった人は、もうそれで終わりなんですか?
上を向いちゃいけないんですか?
ずっと、その場所にとどまっていなきゃいけないんですか?
本当のやさしさはその人がこれ以上傷つかないように守ることなんでしょうか。
私は違うと思う。
傷ついた時、また一緒に考えようって思うのが本当にその人を思うことじゃないんだろうか。
スミマセン。少し、スッキリしましたので仕事に行ってきます。
Yさん、頑張ってください。
もうすぐ、凛の月命日です。
その前に、モモちゃんの手術があります。
大丈夫かなぁ。先生の手を噛むんだろうなぁ。困ったなぁ。
とにかく、無事に終わることを祈るのみです。
今より、おしとやかになってくれるだろうか・・・。
術後のモモちゃんは、ちょっと想像がつきません。
でも、そろそろ『モモ太郎』というあだ名は返上したいので・・・。
一応、女の子ですし。
『暴れん坊将軍』っていう呼び方も、ちょっとねぇ・・・。〈『ハカイダー』っていうのもあります。古~〉。
プリンはずっと求愛されっぱなしだったので、安堵するでしょう。
テールも男の子なのに。モモはプリンちゃんしか見えていないって感じで、猛アタックでした。
プリンは手術済みなので、ただただ、迷惑でしかない。
しまいに、ノイローゼみたいになって、かわいそうでした。
そこまで嫌わなくても・・・と思うくらい拒絶してたもんねぇ。
話は変わりますが、仕事柄、私は自分よりも年上の人たちと喋ることが多いんです。
塾でも、和菓子屋さんでも、一応、一番下ですし、塾の子供たちをのぞき、お客さんはほとんど年上だし。
で、どうしても喋り方がおばさんっぽくなってしまいます。
友達と喋る時も、気をつけてるんだけどそうなってるような。
それで最近、良く使う言葉が、『何をおっしゃいますやら』。
この言葉は思いのほか、便利で、本当にどこでも良く使います。
相手が何を言っても、この一言があれば、ソツなくかわせます。
たとえば、お礼を言われた時、ちょっとしたことを褒められた時、相手が謙遜したことを言った時、謝られた時、などなど。
その一言だけで、他のよけいな言葉は言わなくても大丈夫ってくらい、重宝しています。
関東とか他の県の人は、こういう時どんな言葉を使うのでしょう。
『何を言っているんだい?』ですか。
あー、めっきり雪には弱くなってしまった。
白い雪のひとひらが全部、凛の毛に見えてしまう。
凛ちゃんに対する禁断症状でもあるのでしょう。
でも、涙も一緒に出てくるもんなぁ。
家にいる時はいいけど、外でも同じ状態になってしまうから、困ったもんだ。
凛ちゃんよ、まだいっぱい言いたいことあるんかなぁ。
このドカ雪は凛のあふれんばかりの私への愛情だと思っています。
だから、いいよ。いっぱい、降りな。
いっぱい、空から降りてきな。
昨日もすごく疲れました。
疲れすぎると、キレやすいことがわかりました。
だからって、お客さんに当たるなんて事はありませんが・・・。
気分的にイライラしたり、する。
この前の嫌な予感がまたよぎり始めて、それを抑える努力が辛い。
この病気はきっと自分にしかわからない。
お医者さんは内科医も、歯医者も、神経医も誰も信用できない。
もうね、いちいち、説明するのがイヤ。
自分の辛さは薬でも、人でもどうしようも出来ないものだから。
これでも、パニック障害のエキスパートみたいなもので、対処の仕方もわかっている。
たぶん、この辛さはお墓の中まで持って行くんでしょう。
もう、パニック障害と心中する覚悟やね。
そのくらいじゃないと、本当にこの病気とは対峙していられない。
ずっと家にいて、外に出ず、プレッシャーも受けず、ストレスも感じない生活が出来るなら、この病気はきっと出てこない。
でも、そんな生活、送りたくもないんだよ。
どんなに辛い症状が出るとわかっても、生きていたい。
自分で「生きている」と実感できるような日々を過ごしたい。
確かに、自分だけがどうしてこんな目に・・・ってことは考えたことはある。
でも、誰のせいでとか、どういう理由でとか、あんまり考えたりはしない。
そんなことを考えてもどうしようもないし、なんのいいこともない。
ただ、あるのはこの症状が出てきたときの辛さのみ。
苦しさのみ。
一時期、通っていた病院でリーゼを処方されて、飲んでいた。
でも、今度はそれがないと不安で不安でいられなくなった。
それのみが自分を助けてくれるような暗示にかかってしまい、ないとわかっただだけで息が苦しくなり、手足が冷たくなってしまった。
ないと思うだけで、もう死にそうな気分になった。
リーゼから離れるのに、どれだけ時間がかかっただろう。
依存し始めると、私の場合ダメになる。
だから、少しづつ離れていく努力をする。
それは薬だけに留まらない。
そういう性分に、この病気はしたのかもしれない。
ただ、自分から離れていく分はなんとか耐えられるけど、大好きなものに離れていかれるのは痛いほど悲しい。
愛するものの死もまた同じ。
今日は久しぶりの休みでした。
お布団を干したり、部屋のそうじをしたり、ビデオ鑑賞をしたり、結構、有意義に過ごせました。
どこにも出かけず、ひなたぼっこをしたり、ぼーっとしてました。
神経を緩めるって言うか、休めることは、一旦貯まった疲れや、緊張をゼロにするのにとても必要なことだと思います。
いっぱい、いっぱいの状況ではあふれていくばかりで、よい仕事も出来ません。
効率を上げるにも、やっぱりオフは必要だ~。
煮詰まる寸前だったからね。余計です。
煮詰まると言えば、私は創作に煮詰まって、もう数年たっているわけです・・・。
そろそろ、頑張らんと。
今日、懐かしい大好きなOSKの舞台をビデオで観て、その気持ちを新たにしました。
ビデオを観てると、その舞台を観にいったときの気持ちや、感動があふれてきて、涙が出てきましたよ。
やぱり、いいものは色あせないんだね。
みんな、輝いてて、かっこよくて、自分も光の中に立ちたいと思ったんだった。
私の目指す光の中に。
今もその光は遠いところで輝いていて、消えてはいないんだよね。
ずっと、待っててくれている。
ほんとに、頑張んなきゃ。
宮沢賢治の『セロひきゴーシュ』の中で、かっこうが言っているじゃないか。
『ぼくらならどんないくじないやつでも、のどから血が出るまではさけぶんですよ。』と。
その箇所を読むといつもドキっとする。
自分の努力の足りなさを思い知る。
モモの手術の日程が決まりました。
一応、今のところ、2月28日です。
スゴク心配だけど、こればっかりは祈るしかないので・・・。
噛み癖とか、治ったらいいな。あと、撫ぜさせてくれるようになったら最高なんですけど。
イライラしている時のモモは顔までキツくなって、見ていてかわいそうになります。
モモのためだからね。頑張ろうね。
余裕がないと、人間も動物もしんどいだろうね。
今日は塾。
最近、子供たちを叱らなくなったなぁ。
それって、あまりいいことじゃない。
昔はよく叱っていた。
今の子は、正直叱りにくい。
「はい、はい」
という言葉の裏で、何を考えているかわからない表情をする。
昔の子は、結構、抵抗してきたし、怒っても傷つかない子が多かったけど。
今は妙に子供たちに遠慮するようになった。
私も変わったんだと思う。
嫌われるなら、余計なことは言わない方がいい、というように。
今の子はすぐ、『辞める』って言うから。
これはこちらの事情になるんだけど、生徒が激減している今、一人でも辞められると困るという気持ちもあって、どうしても子供の機嫌をとるようになってしまう。
でも、そういう自分が最近、すごく嫌になってきた。
だから、もう、辞めても、ウザイと思われてもいいから、叱らないといけない場面では叱ることにした。
普段は温和な私が怒ると、かなり怖い。
低音で怒りますからね。
凄むし。
昔、本当に言うことをきかない子がいて、本気で喧嘩してた。
でも、憎くて言ってるんじゃなく、その子のことを思って言ってたから、いつも心の中では泣いてた。
『ゴメン』って。
でも、怒られるアンタもつらいだろうけど、叱ってる私の方がもっと辛いんだよって。
その子はそれだけ叱られても、私としか喋らなかった。
きっと、いろいろな悩みを抱えてたんだろうな。
お父さんの都合で、転校を繰り返していたみたいだし。
結局、また遠いところに引っ越していったけど。
最後、とても寂しそうだった。
何か言いたそうにしていた表情が今でも忘れられない。
元気にしてるかなぁ。
もうずいぶん前になるのに、名前もちゃんと覚えてる。
きっと、いいお父さんになっているだろう。
いい子を演じている子は自然にわかる。
ズルをしているのも、今までは知っていて見ないフリをしてきた。
でも、もう止める。
今はわかってくれなくても、いつかわかる時がくるだろう。
嫌われることを恐れていたら、ちゃんと向き合えないから。
今日も雪降りです。
もういやだなぁと思う反面、凛の手紙に見えてくる私は、少しいたたまれないような気がするのも事実で。
よっぽど、言いたいことがあるのかなぁ、とか、モモちゃんのことで文句があるのかなぁとか考えてみたりする。
いつかは解けてしまう雪。
やっぱり凛に似ていて、悲しいなぁ。
今日は塾の日です。
なかなか、ゆっくり出来ない。
通勤時間に、その分考え事をすることが多くなったかな。
通勤ったって、自転車でだけど。
つらつらと何を考えているかというと、自分は結局どういう人間になりたいのかっていう、少し哲学的なこと。
なんでかわからないけれど、そんなことを気がつくと考えています。
自分の目指す自分って、感じでしょうか。
十代、二十代のころは、ひたすら強くなりたかった。
その頃の日記を読み返しても、『強くなりたい』って、どのページをめくっても、それが目に付きます。
精神的にもっとも弱い時期だったからね。
常に、誰にともなく『助けて』と心の中で叫んでいました。
時には親にだったり、時には神様にだったり、時には好きな人にだったり。
でも、私は長女のせいか、血のせいか、甘えることができない人間で。
人に絶対、弱みをさらせないんです。
今でもだけど、かなり分厚い鎧を着ている自覚がある。
『強がっている』自分は全然、かわいくない。
でも、自分が一番大切だから、自分を守るためなら、かわいくなくてもいい・・・っていう、人間だった。
見かけがもっと強そうだったら、そこまでこだわらなかったのかもしれないけど、そうじゃなかったからね。
侮られたらダメだとか、常に心の中で虚勢を張っていました。
本当に、しんどかったよね。今にして思う。
今は、もうそこまでしんどくない。
自分へのプレッシャーに勝ったのか、負けたのか、よくわからないけど。
自分の中で、弱い自分に対する折り合いがついたとでもいうのかな。
とりあえず、強さを装うことは無くなったような気がします。
というか、もうムリ。
近しい人には、自分の情けないところを見られていますから。抜けたところとか、頼りないところとか、ボケボケのところとか。
もっとさらにその弱さをさらせたら、『パニック障害』のことも言えるんだろうけど。
やっぱり、それを言うのは難しい。
誰も信じてくれないので。
言ったこともあるけど、理解しづらいようです。普段の私はケラケラしてて、とてもそんな悩みを抱えているようには見えないらしい。
でも、どっちも本当に自分なんだけどなぁ。
ケラケラ、能天気そうにみえるのも、パニック障害で苦しんでいるのも。
自動車の免許も、実際、教習所まで通ったけど、ダメだった。
今でも、その負い目はあります。
クルマがあったら、父のクルマも置いておけたし、母にも楽をさせてあげられるのに。
でも、どんなに頑張ってもダメだったんだ。
そこがやっぱり、うまく伝えられなくて・・・。
でも、病気を持つと、やさしくなれるのかもしれない。
人の苦しみが少しはわかるようになった。
この先も、少しづつ変化していくんだろうな。
今日も寒い一日でした。
木曜日〈休み〉まで、まだ遠いなぁ。
ビーズ細工もしたいけれど、目が疲れて今はダメです。
本もちょっと読んでないな。頑張って読まないと・・・。
でも、一番したいのはボケーっとすること。
どうしても、お店にいると見られているという意識があって、常に緊張している状態なわけです。
結構、しんどいです。
あと、静電気。
家にいる時はそうでもないんですが、お店にいる時はかなり電気を貯めているみたいで。
冷蔵庫や水道の蛇口を触るとき、痛いほどビリってきます。
この電気を、なんとか有効利用できないものでしょうか?
どこかに貯めて充電しておくとか。
本気で思ってしまいます。
今日なんか、おつりをお客さんに渡す時に電気まで渡してしまいましたよ。
金属を触るとき、ビリっとこないようにするには、壁に数秒、手を当てるとそこから電気が地面に逃げるそうです。(ためしてガッテンの受け売り)
実際、そうすると本当にビリってきませんので、皆さんもお試し下さい。
ちょっと、日にちの感覚がわからなくなってきている・・・。
まだ、日曜かって感じです。
昨日はとりあえず、雪が降っていたけれど、お客さんは結構ありました。
土、日は《特売》と言って、三品ほど、普段の値段よりも安くして売るんですが、最近、完売するくらい売れ行きがいいんです。(ちなみに昨日は柚餅と桜餅と栃餅でした)
なので、土日はかなり忙しい。
そういった小物を売る間に、お供え用やお土産用の進物〈お菓子のギフト〉も売るし。
昨日もひとりでバタバタしていたら、なんと珍しく外人のお客様が・・・。
ちょっと嬉しくなり、『メイアイヘルプユー?』がいいかな、それとも、やぱりここは日本語で言っちゃおうかなとか浮かれていたら、先のお客さんに応対しているうちにいなくなってしまいました。
ガクっ。
でも、あきらめきれない私は絶対、帰りに寄ってくれるはずと、頭の中を英語でいっぱいにして、ちゃっちゃと仕事を進めていました。
ちょうど、メーカーさんからギフトの荷物も届いて、その梱包を一生懸命、解いている間に、
「あれっ?あの後姿・・・?」
そうです。その外人さんは私が忙しくしていた間に、今度こそ帰られてしまったのでした。
あー、久しぶりに外人さんと喋れると思ったのに~。
くーやしい~。こんな機会、めったにないのになぁ。
ま、でも、いいか。
昨日はかわいいおじいさんが来てくださったし。
もう、こっちがニコニコしてしまうほど、笑顔が素敵なやさしいおじいさんだった。
基本的に私はおじいさんやおばあさんと喋っていると嬉しくなる。
本当にやさしくて、癒される。
なんで、あんなにやさしいんだろうってくらい、やさしい人がいる。
年を経るとやさしくなるのかなぁ。
それとも、もともとやさしいのかなぁ。
また来てくれるといいなぁ。
うわー、すごい雪やん!!
・・・などと感心している場合ではなく。
どうするんだ、こんだけ降って。
今から、仕事やっちゅうの。
って、お客さんは来るのか?こんな雪降りに・・・。〈来ないだろう・・・きっと〉
寒すぎる~。
ちょっと、テンション高めで、おかしいです。
このくらい上げとかないと、行く気がおきないからね。
和菓子屋さんの方の三人のうち〈私を含めて〉の一人が家の都合でしばらく休まれることになって、二人で回らなくちゃいけなくなってしまったんです。
で、私もほぼ毎日出勤に。塾も行ってるから、かなりハード。
そろそろ壊れてきましたか・・・。
本当に心のゆとりがないなぁ。
ちょっと、ゆっくり自分を見つめて、考えなきゃいけないことがいっぱいあるのに。
最近じゃ、疲れて、バタンキューと寝てしまう。
それはそれで、仕方ないことなんだけど。
なんかスゴク大事なことを後回しにしているみたいで、気持ち悪い。
その気持ち悪さが日に日に募っていく。
ヤバイな。休みは木曜までないんだよね。
大丈夫かな。
昨日と今日と朝出勤でした。
ゆうべ、モモとちょっとけんかをして一緒に寝てあげなかったせいか、朝から行くとこ、行くとこ、ついてきて。
朝食を食べてるうちに、なんと珍しいことに膝に乗ってきたではありませんか。
ここ最近、ず~っと、母の膝にしか乗らなかった子が。
お追従しているのは、まるわかりです。
でも、嬉しくてたまらない私は出勤時間が気になりつつも、モモをどかすことが出来ない。
なのに、母の音がしたら、モモはなんのためらいもなくぴょんと降りてしまいました。
・・・こんなもんです。
まぁ、ネコのせいで遅刻しなくてヨカッタ・・・〈負け惜しみ〉。
平日ですが、昨日も今日も忙しく。
一人で数人のお客さんを相手にバタバタしていたら、上品なおばぁさまが、
「一人やから、大変やねぇ。ごくろうさんや」
とやさしい調子で言ってくださいました。
もうね、疲れが吹っ飛びましたよ。
頑張って、よかったと思える瞬間です。
決して誰かに褒めてもらおうと思って働いているわけでなく、一生懸命接客するのは当たり前だと思っているけど。
誰かが見てくれているんだなと温かい心になりました。
結構、私はおばぁさん、おじぃさんキラーだったりします。
ここだけの話。
ネコのキーホルダー、完成しました。(結局、なんやかんやで三日がかりです)。
でも、モモがどこかにやってしまったので、ヒゲがありません。
なので、ちょっと、なさけない顔のネコちゃんになっちゃいました。
でも、記念すべき第一作だし、カバンにでも付けておこうかな。
次はダックスフンドの予定♪
どんなものでも、完成すると嬉しいですね。
達成感がなんとも言えない。
以前、バードカービングを少し習っていました。
木を彫って、本物そっくりの鳥を作るってやつです。
クマゲラ、カワセミ、あと二、三羽、作ったかなぁ。(ほとんど、先生に手伝ってもらったのですが・・・)。
彫っても、彫っても、これでいいと思えるところまで辿り着けず、本当に奥の深い作業でした。
そのうち、机の角や、へりとか、人のほっぺたなど、出っ張っているところを見ると、条件反射で削りたくなってしまい、困りました。
結局、木を削りすぎ、手を傷めてやめてしまいました。
今でもあの頃の作品は家に飾ってあります。
いつか、ネコも彫ってみたいな。
三連休のせいか、お店の方がスゴク忙しくてヨレヨレになりました。
ゆうべは下弦の月がティアラのように綺麗で、そのことを書こうかと思っていましたが、まったく頭の方が使い物にならずそのまま寝てしまいました。
一人しか、お店には常駐していないので、土日、祭日は忙しいのなんの。
昨日もお客さんが集中して、パニクリました。
久しぶりに、パニック症候群の症状が出そうになりました。
私の場合、この病気とはもう長いつきあいになるので、どういう場合に出てくるかというのは自分でわかっています。
「あっ、来るぞ」って、感じです。
全くなんの予兆もなく、なるのではなく、そうなる条件がそろった時にそれに襲われます。
不安というのが一番の大きなファクターですね。あと、プレッシャーとストレス。
例えば、一人のお客さんがお菓子の詰め合わせを5箱頼まれたとします。
その詰め合わせのお菓子を賞味期限の新しい物から選び、化粧箱に詰めて、のしを書き、包装し、というのをたった一人で、五箱作らなければいけない。その間、他のお客さんがやってくる。その人にも応対しなければいけない。五箱のお客さんはこちらの方が先客なのにとイライラされていないだろうか、どうしよう・・・、でも、次々お客さんはやってくる・・・。
どう考えても自分の処理能力を超えていると判断し、「もうダメ」と思った瞬間、ブラックアウト・・・という具合です。
本当にそこでブラックアウト出来たらいいのですが、(というか、したことはないのですが)、実際、そこでぶっ倒れるわけにもいかないし、「ちょっと気分が・・・」と言えない状況だと蒼白になりながらも最後までやらなければならない。私しかいないのだから。
結局、鼓動はバクバクで、貧血で、血流が悪くなってるから手足が氷のように冷たくなってきて、声は震え、手も震え、頭は破裂しそうで怖いし・・・と本当に地獄のような苦しみです。
そういう状態を脳が記憶しているので、同じようなプレッシャーのかかる状況に陥ると、「また前みたいになったらどうしよう」と思っただけで、フラッシュバックし、例の症状が出てきてしまいます。
初めてこの症状に襲われた時は、何にもわからなかったので、死ぬかと本気で思いました。
たまたま、体調がよくなかったときに、誰も助けの来ない状況で自分の処理能力を超える忙しさやプレッシャーにたまたま見舞われて、負けて・・・という経験がトラウマになってしまったということでしょうか。
プレッシャーに弱い人間のくせに、人に弱みは見せられない。
そういう性格も災いしていると思います。
一時期は地下鉄や特急に乗れない時もありました。〈満員の特急に乗ってて気分が悪くなった時、降りられない→楽になれない→もしここで倒れたらどうしよう・・・というので例の症状が出ました。地下鉄の時も同じです)。
自分で「無理」って決めてしまうんです。
あんな苦しい思いをするのは絶対嫌だから。
でも、それと同じだけ負けず嫌いなところもあって、「こんなことで負けてられるか!」って、少しづつ乗るようにしたら、克服できました。
でも克服できないものもあります。
美容院で一度しんどくなって、それ以来、美容院に行くと必ずそれが出ます。
椅子に座って、ケープというか大きなエプロンみたいなのをかけられたらそれが合図、みたいに〈椅子に縛られて自由になれないという観念から)。
「また気分が悪くなったらどうしよう」という思いがふっとよぎる。そうすると、急に強い不安に襲われる。(じゃぁ、お店の人に「気分が悪い」と本当のことを言えばいいのに、心配や迷惑をかけそうで言えないときている)
自分でも顔が蒼ざめ、血が流れてないようなのがわかります。頭の方は酸素がいかないから、痺れたようになってくるし。でも、そういう状況をもう止められないんです。
自律神経がかかわってくるようです。
こうなると自分で支配できるのは、呼吸法をゆったりとしてみるとか、自分の手を自分の爪で血が出るくらい傷つけ、意識を取り戻す・・・ということしかありません。
私の場合、そうやって、月一回のカットに通っています。
もう慣れたとは言え、正直、命をかけているって感じです。
でも、結局は自分の病気だから、自分でどうこうするよりないじゃないですか。
こういう症状になってしまう自分を嘆くより、うまくつきあっていくことを考えるしか・・・。
たぶん、強い強迫観念に縛られているんだと思います。
逃げられない状況に置かれた時の弱さ・・・が病気に繋がっていると。
特急、地下鉄しかり、美容院の椅子しかり、忙しいお店しかり。
でも、それは生きていく上で避けて通れないことなんです。
この病気は強気でいないと負けてしまう。
この病気に負けることは人生に負けることと同じ。
だから、なんとかうまく飼いならして、克服してみせる。
生きるって、私にとっては戦いみたいなものだから。
ゆうべ、なぜか突然、宝塚に行きたくなった。
もうかれこれ、何年かの地を訪れていないことだろう。
『エリザベート』以来か・・・?
地の利としては決して遠い場所じゃないんだよね。
行こうと思ったら、行けないことはない。
チケットだって、どんな席でもよければ一人分だったら、なんとかなるし。
ただ、軍資金がねぇ・・・。
行くなら絶対、特急で行きたいし。(あっ、もちろん帰りも。)
幕間には、タラコスパゲティか明石焼き、どちらか食べたいし。
席も本当はSで観たい。(銀橋の近くとまでは言わないから、せめて視線が届く15列目までくらいで。)
そう言えば、私に『栄光』なんてのは程遠い言葉だけど、最前列で見たことがあるっていうのはかなりの自慢ですわ。
二列とか、三列とかも結構あったりするんだぁ。
もう、絶対、あんなイイ席で観られないと思う・・・。
もしかして、あの頃にすべての運を使い果たしてしまったのかも。
でも、いいんだ。
『芸のためなら・・・』って、人間だから、私は。
もう何年、鳥肌なんてたってないだろう。
普段の生活で、鳥肌なんてたつことないじゃないですか。
もう死んでもいいなんて瞬間を味わうことなんて、そうそうないよ。
でも、あの場所にいた時は、しょっちゅうそう思っていたんだよね。
一部のお話より、二部のショーの方が好きで。
ミラーボールがキラキラ光り始めるともうドキドキしてた。
お気に入りの人がどの組にも一人はいて、トップさんたちよりもそっちを目で追っていたり。
たいてい、好きなのはダンスの人〈ダンスがうまい人〉だったなぁ。
ちょうど、10列目くらいが出演者と視線が合うんですよ。
こっちが見ているというより、見られているって感覚ですね。
心の中で何度も「キャーキャー」騒いでいましたっけ。
うー、今の生活はそれがないもんなぁ。
キラキラやワクワクが不足している。
さっき、久しぶりに宝塚のビデオを見て、つくづく思いましたよ。
これはもう、行くしかない。
今、どこの組、やってるんだろう。
父はとても穏やかで、やさしい人だったのですが、クルマに乗ると人が変わるタイプでした。
スピード狂になるとかではなく、性格が変わるというか、耳を疑いたくなるような暴言が飛び出す・・・みたいな。
ちょっと怖かったですね・・・ハンドルを握っている父は。
なのに、よく送り迎えをしてもらいました。
買い物にもよく父と行ったなぁ。
猫のえさとか買いに・・・。
自動販売機で飲み物を買うのが暗黙の了解になっていて、缶コーヒーを奢り合いしたり。
父は自動販売機から出てきたのをその場で開けて飲んじゃうタイプで、毎回それを指摘しては二人で笑っていました。
母と三人で買い物に行くより、父と二人だけで・・・というのが多かった。(そんな私たちを母は冗談で、「我が家の三角関係」と言っていました。)
話がそれましたが・・・。
どうやら、私もクルマに乗ると人が変わっちゃう人みたいです。
クルマはクルマでも、私の場合は自転車ですが。
結構ね、自分でもひぇ~というようなこと、言ってるんですよ。
とても文字に出来ないような言葉を。
怖いですよ~。
無自覚だったりしますしね。
普段抑えているから、こんなところで発散しているんですかね。
特に、仕事帰りがメチャメチャ怖いです。
どこまで自分は怠け者なのかと思います。
しなきゃいけない優先順位を間違えている。
わかっているけれど、どうしようもない自分・・・。
今日はちょっと夢のことを話します。
私の夢は【児童文学者】になることです。
童話作家、とも言います。
でも、なりたいと思っていろいろ勉強するうちに、反対に、書けなくなってしまいました。
書けなくなって、もう3,4年になります。
「キレイごと」が書けなくなってしまった。
子供はこうあるもの、お母さんはこういうもの、家族はいつも仲良くて、終わりはみんなの笑顔でめでたし、めでたし・・・、っていうのが受け付けられなくなってしまったんですよ。
かと言って、家庭内暴力や登校拒否とか、深刻な社会問題の中に置かれたリアルな子供たちを書きたいわけでもない。
何が書きたいかというと、やはり、平和で、ハッピーエンドで終わる物語なんです。
でも、それがウソに思えて、書こうとすると拒絶反応を起したように頭の中が真っ白になってしまう。
自分の心がそれだけ汚れてしまったせいなんでしょうね。
人の心の裏を読むようになったし、人間不信だし。
そもそも、なぜ童話作家になりたいと思ったのか。
それは、この世に生まれた意味がそこにあると思ったから。
伝えたいことがあふれるほど、あったのに。
なんか、生きることに必死で、気がつくとそれだけの自分がいた。
心に余裕があるからこそ生まれてきていたものが、見えなくなってしまった。
天使が見えなくなった子供みたいなもんです。
今まで書いたので一番好きなのは、『やさしい雨』という原稿用紙3枚ほどの童話。
バスの運転手さんと幼稚園児たちのお話なんですが・・・、すごくやさしい気持ちで書けたお話でした。
あんな気持ちにまたなれるかなぁ。
心からやさしくなれないと書けない。
ウソじゃないものを書きたい。
敬語とかって、苦手です。
お店ではほとんどそういう言葉になりますが、時々、混乱してへんな日本語を喋っています。
あれと、これと、それと・・・と複数の商品を買われた人に、「これでよろしかったでしょうか?」と確認する時、ふと、「よろしかった」と「でしょうか」は二つとも敬語だし、二重敬語で堅苦しいかなって、
「これでよろしかったか?」
と言ってしまったことが二度ほどあるんですが、なんかヘンなんですよ。
お客さんに命令しているみたいに聞こえませんか?
丁寧なんだけど実は命令している・・・みたいな。
お客さんの方も少しびっくりしたような顔をされますし。
なんべん可愛く言い直しても、やはり命令口調に聞こえるってことは、違うんでしょうね。
字にすると別にへんじゃないんですけど、声に出してみたら、かなり悩みますよ。
いまだに、合ってるのか違うのかよくわからない言葉です。
他にも、謎がいっぱいあります。
我が家にはどうも【魔のデルタ地帯】が存在するらしく、いくら探しても出てこないものがたくさんあるんです。
全部、モモちゃんが無くした物ですが。
お気に入りの金の鈴がどこをどう探しても、ないんです。
透かし彫りみたいになった、外国製の、モモちゃんの首にいつか使おうと思っていたのに・・・。
モモが遊んで転がしていたということはわかっているんですがねぇ。
明日は休みなので、家捜ししてみますか。
今日は「節分」でお店が忙しかったにもかかわらず、どうも元気の出ない一日でした。
テンションがなかなか、上がらなかった。
寒いし、天気は悪いし、体も動きたがらず、本当にダメダメでした。
子供さんはねぇ、それに比べて、テンション高かったですよ。
そこらに貼ってある節分の鬼のお面(?)を指差しながら、「鬼やー!オニさんやー!」とキャッキャ、キャッキャ、それは楽しそうでした。
お店に入った途端、「おにはぁーそとぉー!ふくはーうちぃ!」と相当大きな声で言って、おかぁさんを困らせる子あり。
はしゃぎすぎて、おかぁさんに叱られて、私の腰の辺りにしがみつく子あり・・・。
子供はいいなぁ。
本当に天真爛漫で。
雪が降っても、元気だし。
うちのモモちゃんも元気いっぱいです。
この間、CDラジカセを壊したと言いましたが、今度はパソコンがヤバイです。
ノートなんですが、キーボードを開いているときにジャンプして、飛び乗ったり、降りたりするんですよ。
で、Aのキーがヘン。シフトも。
かんべんしてくださいって感じです。
とりあえず、そんないたずらっ子のモモですが、母が本当に大好きで、母の音〈戸を開ける音、歩く音などなど)を聞くと、私と遊んでいても飛んでいきます。
寝ていても、です。
そういうのを見てると、いいなぁって思います。
凛だって、私の音を聞いたら、飛んできたんだよ。
今日モモが赤ちゃんを産みました。
細長く、先っぽのほわほわがくたびれたネコじゃらしです。
冗談でなく・・・赤ちゃんごっこをモモはしていました。
普段、ほとんど鳴かないモモがうにゃ、うにゃ、言いながら、猫じゃらしをくわえて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
ピンクのイチゴハウスへ持って入っては、また不安そうにどこかへ運んでいました。
いつもなら撫でようものなら、ガブっ!て、やられちゃうのに、気持ちよさそうにおなかをくねくねさせてました。
二回目の発情です。
結局、30分くらいで元のモモちゃんに戻りましたが。
避妊手術、もう少し暖かくなってからと思っていたのですが、どうしよう。
それとは、まったく関係ない話ですが・・・。
今日の夕食はポトフでした。
それで、思い出してしまった。
つまらない話ですが、忘れないうちに書いておきたくて。(と言ったって、それを見るといつも思い出しているんですが・・・)
そのポトフには、それが入っていました。
少し薄めで、ハムに似ているんだけど、ハムじゃなくて。
豚肉にも見えるけど、やっぱり違う。
肉だというのはわかるんだけど・・・。
小学生の頃、初めて給食でそれのスープが出てきたとき、私はその正体がわかりませんでした。
で、友達に「これ、何?」って聞きました。
返ってきた答えが、「レーコン」。
彼女は「ベーコン」って言ったのかもしれません。
でも、私の脳は「霊魂」と変換してしまったんです。
そして、そのスープが出てくるたびに、なんて怖い物を食べなきゃいけないんだろうと本気で思っていました。
そして、何の霊魂か、ずっと考えていました。
ここだけの話、根拠はないんですが、猿の霊魂じゃないかと密かに思っていました。
でも、そもそも霊魂って、何?
形にあるものじゃないだろう?
そのことは本当に長い間私を悩ませていましたね。
だって、誰にも聞けないし、言えないもの。
名前が「ベーコン」ってわかってからも、ちょっと怪しいもんでしたね。
なんだ、豚の霊魂か。
って、感じで。
ここ数年、塾をやめる子が増えてきて、悲しい限りです。
やっぱり進学塾には負けるのかなぁ。
新しい子はなかなか来てくれないし、この分では失職するかもです。
子供たちには、感謝しています。
もし塾で働いていなかったら、子供という存在に触れ合う機会はたぶんなかっただろうと思うから。
本当に、子供は宝です。
でも、小さいながらに人格はちゃんとあるから、接し方もまるきりの子ども扱いにはしません。
プライドを傷つけないように、いつも気を配っています。
押し付けはいけないのですが、たまにどうしても言うことを聞いてくれない子がいて。
ついこの間も、「帰る!」と言って聞かないので、いい物をあげるからと物で釣ってしまいました。
私のペンケースの中には、たいてい飴が入っているので、それをあげるつもりでなんとか引きとめたんですが・・・。
「よう頑張ったね」
と飴を渡そうとしたら、一言。
「僕、キャンディ、嫌いやねんけど」
「そ、そっかぁ・・・。ほな、あかんなぁ」
そんな子もいるかと思えば。
「今日、キャラメル、ないん?」
「今日はないよ」
「ふーん。」
「おいしかったん?」
「メチャおいしかった!僕、キャラメル食べたん、こないだので二回目やったんやって」
えっ、二回目って・・・。小4やのに?
「幼稚園の時、山登りして、もらったんが初めてやろ?ほんで、あれが二回目」
そんなことを言われたら、キャラメル、買っちゃうじゃないですか。
で、次の時、ペンケースにキャラメルを入れておくと、お約束のように彼が来て、ニヤっと笑ったんですよね。
いい笑顔だったなぁ。
子供が嬉しいと私も嬉しい。
もしかして、余計なことをしているのかもしれないけど〈虫歯になるから)、それでも、私は子どもの味方ですから。
永遠に。
モモにCDラジカセを壊されてしまいました。
ダメって言っても、乗っちゃうんですよ。
夜中、寝ているときにやられたり、留守中にやられるので防ぎようがありません。
何か対策をと考えているうちに、壊れてしまいました。
でも、何とか聞けないわけじゃないので聞いています。
まぁ、モモが乗ったくらいで壊れるような物なので、たいしたデッキではないんですが・・・。
でも、私にとってはないと困る物なので、切実です。
歌も聴きますが、最近は落語が多いです。
ほっとするんですよ。
もちろん、枝雀師匠のです。
歌も、スガシカオとか、スピッツとか、バンプオブチキンとか、鈴木祥子とか、(ほとんど邦楽です)聴きますよ。
歌うのも好きなんですが、子供の頃、母に音痴だと言われてから、トラウマになっていまして、人前ではとてもじゃないけど歌えませんね。
人前じゃなかったら、歌っていますけどね。
今日はちょっと申し訳ないことをしました。
いつも利用しているメール便の取り扱い店でのこと。
本来はデパートのサービスセンターなので、メール便とかのお客さんはかなり少ないのです。(なんでも、私以外はほとんどないそうな・・・)
で、そこのスタッフの人の中でいかにも新入社員っぽい男の人がいて、時々お世話になるんですが、いつも緊張してられるのがひしひし伝わってきていました。
今日もそのサービスセンターは忙しく、カウンターはバタバタしておりました。
私の隣では他のお客さんが商品券を買っておられたり、会話があっちゃこっちゃでやりとりされてたわけです。
彼もその会話に影響されたんでしょうね。
ちょうど、隣のお客さんに応対されていたもうひとりの社員さんが「500円になります」と言われたのにつられたのか、40円のおつりなのに、彼まで「400円のお返しになります」と言っっちゃったんです。
いつもなら聞かなかったことにしてたと思うんですが、ちょっと面白かったので「えっ、40円ですよね」と笑いながら言ってしまいました。
彼もここで笑ってくれると思ったのですが、おっとどっこい。
彼は余計に焦って、伝票を渡すのを忘れたままだったので、「あの、それ、いただけるんですよね」とまた笑って言ったら、さらに困ったような顔になってしまったのでした。
あー、絶対、嫌味なお客さんだって思われた!
すごいイケズなお姉さんになってしまったみたいで、ちょっとショックです。
私のお店のお客さんなんか、「はい、400円」って渡すところを「はい、400万円」とかっていう人がいっぱいだから、間違ってもなんとも思ってない(むしろ、ほほえましいと思ってしまう)んだけど、彼はきっと真面目だから落ち込んでいるでしょうね。
なんか、ゴメンよー。
また明後日行きますが、怖がらないで下さい~。
今、仕事場での一番の楽しみは、コーヒーを飲むこと。
お客さんが空いた頃を見計らって、小休憩がてら、近くのベンディングマシーンで買って飲みます。
100円なのが嬉しい。それに、缶コーヒーよりも熱いし、おいしいような気がする。
熱いのが好きなわりに猫舌なので、少し冷めてからじゃないと飲めません。
そうこうしている間にお客さんが来て、相手をしている間に、すっかり冷めてしまって・・・ということもしょっちゅうです。
ゆっくり椅子に座って・・・というのは無理だけど、それでもいい気分転換になります。
今は「苺大福」が人気商品。
苺の鮮度の関係で、賞味期限は一日なので、とにかく当日で売り切らなければなりません。
お客さんの足を止めるべく、ポップを書いたり、絵を描いたりとささやかな努力をしています。
購買意欲を促すには、どうしたらよいか・・・。日々、勉強です。
朝、かなり早く家を出たので、仕事場に30分以上も前に着いてしまいました。
結局、道はそれほど凍っていなくて、自転車でも大丈夫だったかも。
現に、高校生はサクサク乗っていましたし(高校生と比較するのは間違っているか・・・)。
まぁ、積もるのも早いけれど、解けるのも早いということでしょうか。
でも、でも、道路の横に積み上げてある雪はなかなか解けないんですよね。
とか言ってる間に、またちらほら降ってきました。
明日も出勤なのに・・・。
雪降りだけど、お客さんは多かったので疲れました。
お昼を食べる時間もなかった・・・。
土曜日はね、一週間のうちで一番忙しいです。
こういう疲れた時はにゃんこたちに癒してもらうか、くーちゃんを見てほっこりするか。
うーん、なんか眠くなってきた。
なんだか冷凍庫の中にいるみたいです。
雪がしんしんと降り続いています。
仕事に行く時はそれほどでもなかったので、自転車で行ったのですが、帰る頃にはかなり積もっていて、ほんと大変でした。
雪って、あっという間に積もるんですよね。
仕事場から外が見えるので、もう正直、気が気ではありませんでした。
最初のうちは自転車を転がしていたのですが、途中から、乗っちゃいました。
怖かった!
クルマが来たら、降りましたよ、もちろん。滑るもん。
乗りながら、「あんたはスゴイ!メチャクチャ、頑張ってるよ!」
などと、自転車を褒め称えてている自分に笑えました。
こういうとき、案外、自分の本性とか出るような気がする。
素の自分って、やっぱりへんな人だ。
和菓子屋さんでバイトするまでは、正直、甘いものはそんなに食べる方ではありませんでした。
どちらかというと、辛党だったし。
でも、ここ最近、自分のお店のお菓子を食するようになってから、甘いものに対する味覚が変わってきたと言うか・・・、早い話が舌が肥えてしまったみたいです。
おいしいものはおいしい、おいしくないものはおいしくないとはっきりわかってきました(当たり前のことなんですが、前はあんまりわからなかった・・・んですよ。)
で、いつか食べ歩きをしてみたいな、と思っています。
自分の中でのナンバーワンを見つけたいというか・・・。
今のところ、滋賀県の多賀大社の近くで売られている「糸きり餅」と京都の満月というお店の「阿闍梨餅」が私の中では良い勝負です。
(糸きり餅はあんこを白地に赤青三筋の線が入った御餅でくるんだあっさりした甘さのお菓子で、「阿闍梨餅」はもち米をベースとした生地に粒あんを包んで焼いた半生菓子です)
命の洗濯をしてきました。
久々の小旅行ー宮津・丹後魚っ知館へ。
行きと帰りに見える厳冬の日本海は、ぞくぞくするくらい荒れて、白波を逆立たせていました。
冬の海を見るのは大好きなんです。怖いもの見たさの感覚に近い。
生きるか、死ぬかっていう、なまなましさを感じるんですよね。
本当にしびれました。
【丹後魚っ知館(タンゴウオッチカン)】(入館料300円)は小さな水族館ですが、魚の数も豊富で大変楽しめました。
大きなジンベイザメとかいないけど、エイやアオウミガメやイカがとってもユーモラスでかわいかった!
BGM(?)で流れていたオルゴールの音楽がとても魚たちの優雅な泳ぎに合っていて、夢の中にいるような気持ちになりました。
ねこもかわいいけれど、さかなもなんてかわいいんだろう。
本当にものすごく、癒されました。
時間を忘れるっていうか・・・。
こういう時間も大切だなと思わされたというか・・・。
また、行きたいな♪
寒すぎます。
といっても、まだ一月なので本当は当たり前の寒さなのでしょうが、ここ数日、小春日和のような気候が続いていたので、急激な気温の変化が身に応えます。
雪も降っているし・・・。
仕事の帰り、チラホラ雪の降る中、自転車を走らせていると、それはそれでめったにお目にかかれないような幻想的な夜景なんですが。
これが、たくさん積もるとそう言ってばかりもいられません。
歩きになるから。
これが自転車通勤のつらいところですね。
なんだか、巷では自転車の肩身も狭くなってきたし・・・。(マナーの悪い人がいるから、とばっちりがくるんだ!と声を大にしていいたい!)
はぁ~、今日は仕事でミスをしたし・・・。
なんかねぇ~。
でも、帰ってきて、にゃんこたちの顔を見たら、嫌なこともふっとびました。
明日は友達とお昼をして、ペチャクチャ喋って、お茶をする予定!
みかんを食べて、「こまねこ」の録画を見て、早く寝ます。
最近、金柑に凝っています。
友人に一つもらって食べたところ、はまってしまいました。
味は、母の言葉を借りると、「みかんの皮を食べているみたい」?
でも、私的にはおいしい。
梅くらいの大きさのを丸ごとかぷっと食べます。
種を噛む寸前で出すのが、また楽しい。
この金柑、おいしいだけでなく、かなり優れものです。
ビタミンCを多く含んでいて、血管や粘膜にも良いらしく、風邪引きの私にはまさにお薬です。
おまけにカルシウムが多く、骨や歯を丈夫にする効果も期待出来るとか。
さらに、さらに、老化を予防するビタミンEも含まれているんですって。
す、すばらしい!!
体にいいものを食べていると実感できるのは嬉しいことです。
でも、「過ぎたるは及ばざるが如し」ですので、食べ過ぎに注意します。
一日5~6個くらい?結構、高いしね。
気がつくと、和菓子屋さんで働き始めて半年が過ぎていました。
それでも、やっと慣れてきたかなって感じです。
3人でくるくる、シフトを回っているのですが、私は塾と掛け持ちをしているので、週に3~4日くらい出勤しています。
朝9時から午後の2時までと午後の2時から夜の7時までの二交代制です。
最初は5時間立ちっぱなしというのがとても苦痛でした。お昼の休憩もお客さんの来られない合間を見計らって、超速でお昼を食べると終了。
初めのうちは、お客さん恐怖症じゃないですが、商品の前で人が立ち止まる度に「来るな、来るな」と念じたりしていたものです。
今も、完璧とはとてもいえない接客ですが徐々に御得意さんらしき人も増え、なんとか売り上げを伸ばすべく頑張っています。
和菓子を買う人って、やさしい人が多いです。
おばぁさん、おじいさん、子供。
「桜餅をひとつ」とか、「みたらし団子を一本」って、買っていかれる方もいます。
気安く買えるというのが私のウリです。
楽しく働くにはどうしたらいいんだろうとずっと思ってきましたが、気がついたら、なんか楽しく働いているよなというのが本音です。
きっと、そんなもんなのでしょうね。
自慢じゃありませんが、私はどちらかというと休みを指折り数えるタイプです。
与えられた仕事は精一杯頑張りますが、嬉々として働くという方ではありません。
はっきり言って、怠け者のくくりに入ると思います。
そんな私を支えているものは、結構たくさんあったりします。
中でも、他人から与えられるやさしさには日々、助けられています。
人から受けるやさしさは、かなり長く私の中に残ります。
そういう気持ちは自分ひとりの力では、どうやったって得られない類のもので、人と接する仕事をしているからこそ、また人の中で生きているからこそ、出会えるものです。
確かにいいことばかりじゃなく、傷つくこともあります。
でも、はるかに暖かさに触れることの方が多いんです。
人にやさしくされると、自分も同じように誰かにやさしくしたくなります。
反対に傷つけられると、自分だけは人を傷つけないようにしようと思います。
頭で考えただけでは得られない勉強を毎日させてもらってるなぁと思う、今日この頃です。
師走ですね、って今さらなんですが。
ものすごく忙しいです。
家には、甥っ子たちがいて、遊んだり、遊んだり、遊んだり、しなければならないし、バイトは和菓子屋さんなので、もちろん書き入れ時ときていて、ここしばらくは毎日、出勤しています。
その合間に、歯医者さんに通い、塾にも行き、くたくたです。
おまけに風邪も治らんし。っていうか、よけいに酷くなってます。
お正月はさすがに休みなので、箱根駅伝を見ながら、一日寝ている予定。
今はそれを励みに頑張ってるような次第です。
モモですが、いつの間にか、甥っ子たちとも仲良くなり、「モモちゃん、モモちゃん」と一緒に遊んでもらっています。
特に上の子は、兄弟げんかをした後や、ママに怒られた後には、モモの背中に顔をくっつけたり、背中を触ったりして、癒されています。
小さいのに癒され方をよく知っているんだなぁと、感心します。
私信なのですが、クリスマス前後から、パソコンにメールが届くのが遅くなっています。
Yahoo!のです。一時間以上、かかってるんだけど。もしかして、届いてないのもあるのかなぁ。Sさん、私のメール届いてますでしょうか?
一日早いプレゼントを甥っ子たちはとても喜んでくれました。
やはり、一日早いというのがミソだったようで、まったく想像もしていなかったみたいで嬉しさも倍増だったみたいです。
朝から晩まで、そのプレゼントで遊んでいました。
おかげで、私もつき合わせられて、くたくたです。
でも、子供たちの喜ぶ顔は何ものにも代えがたいですね。
明日もそれで遊ぶと言って、やっと眠りにつきました。
本当に喜んでくれて、こちらこそありがとう。
ただ、ちょっと寂しいのは、本物のサンタさんがくれはったと思っていること。
手紙も残したんだけどな・・・、私の名前入りの。
けれど、子供たちはサンタさんが私の名前を使ってプレゼントをくれたと思っています。
そこまで深読みせんでも・・・、ねぇ。
仕事で体を壊して、自律神経失調症になって以来、私はまったくの夜型の人間になってしまいました。
今でも、就寝時間は早くて12時で、普通は1時、2時はざら。
そうなると、朝がとてもじゃないけれど起きられない。
朝出勤の時の辛いことといったら。
でも、朝の空気や町の感じは嫌いじゃない。
やはり、一日の始まりはすがすがしいものだなと感じさせられるから。
どうして、夜型になったのかというと、そもそもは眠れなくなったことに始まります。
怖い夢っていうのかなぁ、うん、身近な人が亡くなる夢とか殺される夢とか、とにかく精神衛生上よくない夢を立て続けに見るようになって、眠るのが怖くなった。
少しでも眠りかけると、無理に目を覚まして、眠らないようにしたりしていた。
そのうち、本当に不眠症になって、今度は眠れなくなってしまった。
眠らなきゃと思えば思うほど眠れない・・・。
夜がとにかく怖かった。
階下に両親は眠っていたけれど、いちいち「怖い」と言って、起こすわけにもいかず、ひたすら耐え忍んでいた。
ずっと、テレビはつけっぱなしの日々でした。
人の声が無性に聞きたかったから。
世界にたった独りぼっちになったような気がずっとしていた。
そんな時、NHKの第一放送のラジオ深夜便を何気なく聞くようになって、同じように、夜、眠れない人たちがいることを知りました。
自分だけじゃなかったと知った時は本当に嬉しかったなぁ。
夜中の11時ごろから、明け方の4時まで、アナウンサーの静かな語りと懐メロの音楽でつづられているその番組は、単調といえば単調すぎる内容です。
でも、だからこそ安心できる。普通の夜だと教えてくれる。
それを聞くようになって、本当に夜が怖くなくなった。
今でも、私はラジオ深夜便をかけたままで眠ります。
もうすぐクリスマスですね。
おいっこたちがまたやってくるので、クリスマスプレゼントの吟味に今、頭を悩ませています。
安くて、いいものを・・・。
誰しも考えることですね。
去年はペネロペの仕掛け絵本にしたところ、早速壊してしまい、双方とも悲しい思いをしました。
なので、本は今回はやめて、オークションで何か探すことにしました。
オークションは本当に楽しい!
探していたものに出会えたときの感動は言いようもありません。
しかもそれが、思ったより安価で落札できた時の喜びといったら・・・。
今、上の子用にボードゲームとぬいぐるみ、下の子用にぬいぐるみと毛糸の帽子、妹(私の)用にセーターとカレンダーを入札しています。
落札できるかな・・・ワクワク♪
夜中に枕元に置く時が一番、嬉しいかな。
彼らが起きた時は私は完全にまだ眠っていますので。
2007年を一字の漢字で表すと、「偽」だそうです。
本当に哀しい、情けない。
子供たちがそれを見て、まっとうな大人になれるなんて、考えているんだろうか。
お手本も実直に示せないで、子供たちを批判したり、憂いている大人たちは人間失格だと思う。
誰だって、間違うことはある。
でも、今の汚い大人たちは自分だけが可愛くて、自分だけが傷つかなければそれでいいと思っている。
だから、責任だってとれないんだよ。
どうして「ごめんなさい」の一言が言えないんだろう。
自分の非が認められないんだろう。
もっと、怒っていいと思う。
悪い大人たちに反旗を翻したって。
だって、彼らは人間失格なんだから。
大人だから偉いという考えは間違っている。
人生、生きているといろいろなことがありますよね。
他人にへこまされる事、また自分自身で落ち込むこと・・・。
そのたびに、自分が嫌になるというか、自己嫌悪に陥ってしまう私ですが、そんな私にも一つだけ取柄と思えることがあります。
それは、声です。
美声というのとは違うかもしれませんが、なぜか昔から、声だけは褒められていました。
国語の時間もおかげで、よく教科書を読まされました。
電話の声は、特に若く聞こえるらしいです。
ここだけの話、声優の養成学校を受けたり、アナウンス教室に少し通ったこともあります。
でも、断念しました。
理由はまぁ、両親の反対や、扁桃腺肥大や、いろいろあったんですが、大きい理由は、パニック障害でしょうね。
もし、それがなかったらって、今でも思います。
今の夢は、だから二番目の夢。
今度は絶対、あきらめない。
日々、私は誰かの笑顔に救われています。
生徒だったり、お客さんだったり、今の仕事をしていなければ決して出会えなかった人たち。
なんで、こんなに、笑っている顔を見るだけで心が嬉しくなるんだろう。
特に、計算のない笑顔は本当に美しい・・・。
毎日、誰かの笑顔に出会えている私は、とても幸せなのかもしれない。
明日は、誰の笑顔の出会えるかな。
人と接する仕事は嫌いではない。
塾の仕事も和菓子屋さんもそれなりに一生懸命、働いている。
塾では子供たちが英語を好きになるように、和菓子屋さんではお菓子がたくさん売れるように、ベストをいつも尽くしているつもり。
でも、この満たされない思いはそれが天職ではないから。
人間は誰しもなんらかの使命を持って生まれてきていると思っている。
何かを発明するとか、何かを成し遂げるとか、そんな大きなことばかりじゃなく、ただ生まれて、生きているということだけで誰かを助けていることだってあると思う。
私の夢の根っこはそこにあって・・・。
今はまだはっきり言えないけれど、今までのすべてが報われるような生き方をこの先していきたいと思います。
自分はなにをやりたいんだろうなと思う。
ここしばらく不満が渦を巻いている。
受身の自分がずっといる。攻めに転じられない。
なにを待っているんだろう。
時間?機会?きっかけ?
もう流されているだけではダメだ。
理想の、ずっとなりたかった自分になろう。
今日は二時まで仕事をして、歯医者さんへ行ってきました。
凛と命のネコさんを連れて行ったので、ちょっと心に余裕が生まれていました。
結局、すご~く時間がかかるだろうと思っていたのですが、全然。
麻酔が効くまで10分くらい待って、実際、抜く作業にかかったのは、5分くらい。
あっという間でした。
なんなんだ!ってくらい、あっけなかった。
ドリルの音が聞こえていたから、あれで砕いて、3個くらいに分けて引っこ抜かれたんじゃないかな。
キツネにつままれたみたいに、本当に痛くなかったです(あえて言えば、麻酔の注射がちょっと痛かった)。
でも、意識はあるから、想像しちゃったんですよね。
歯を抜く状況を。
それを考えると怖くなったので、途中から、違うことを考えようと必死でした。
怒涛のように思えるほど、手際がよかったんでしょうね。
あの先生はきっと天才です。
今までこんなに尊敬するお医者さんに出会ったのは初めてです。
今も、唇とか痺れていますが、まだ麻酔が切れていないのか痛みはありません。
徐々に、くるのかなぁ。
なので、今日は早く寝ます。
皆さん、親知らずの抜歯は痛くないです!(でも、先生には拠るかもしれないです)
凛ちゃん、ありがとう!!
私は低体温&低血圧のせいか、普段、手がとても冷たいのです。
そのせいなのかなぁ。
モモが抱っこをさせてくれません。
確かにこんな冷たい手で触られたら、ひゃって逃げたくなるよね~。
って、そのくらい冷たい。
手がしもやけになるってことは一度もないけど、足の指とかはあります。
すごく、かゆくて、痛い。ひどくなると、ぽんぽんに脹れるし。
最近、そういうことはないので助かっていますが、この冬はどうだろう。
とりあえず、雪は少なめでお願いします。
あー、恐怖の日が近づきつつあります。
考えたって仕方ないから、あまり考えないようにはしているけれど、恐ろしいのに変わりはありません。
唯一、その日が22という日で、「ニャンニャン」・・・縁起がいいかも、とかって強引に持っていこうとしています。
でも、仏滅なんですよね。
本当に雪が降りそうなほど寒いです。
せっかく風邪が治りかけていたのに、なんということだ。
このごろは、みんな予防にマスクをしているんですね。
塾でもそうです。
子どもの風邪はうつされるとなぜかなかなか治らないので、私もマスクをしています。
でも、肝心の風邪を引いた子はマスクをしないんですよね。
他の人にうつるやんか。しかも、手も口に当てずにコンコンとやってるし。
親はなんにも言わないのかと思います。
エチケットでしょう?
私は結構厳しいので、言いますよ。
「セキをするときは手を当ててしな」って。
で、そのあとに飴をあげます。
飴って、もらうと嬉しいんですよね。生徒からもらうこともあるんですが、顔がひにゃらとにやけてしまいます。その日は一日中、ハッピーだったりします。
前に、バレンタインデーに手作りチョコをもらったんですが、すんごく嬉しかった!私は女ですが、それでもやっぱり嬉しいですよ~。今年はどうかなぁ~。
この頃、映画もTV番組も心の底から、面白いと思ったものがありません。
出演者が同じような人ばかりで、新鮮さが感じられないというか・・・。脚本もイマイチ。
リアルさに欠けるような気がするんです。奇抜にするなら、とことんするとか・・・。
なんか中途半端なんですよね。なにが言いたいのって、途中でチャンネルを変えてしまいます。
今まで、一分、一秒も見逃すのがもったいないと思った番組は、本当にわずかです。
その中でも、いまだに忘れられないのが、「特捜最前線」という刑事もの。私が見たのは、再々放送くらいだったので、午後5時ごろやってたんですよ。月曜日から金曜日まで、毎日、テレビの前で正座をして見ていました。
テレビ局の都合で、突然最終回になってしまった時は、本気で泣きました。
特命課の刑事達が、毎回、主人公を変えながら、悪に立ち向かうというのですが、本当に脚本が素晴しかった。脚本の方は5,6人、いや、もっとおられたんじゃないかな。それぞれ、個性のある脚本で、最後のタイトルバックで脚本の方の名前を見るのがスゴク楽しみだった。勧善懲悪ものじゃなく、悲哀がこれでもかっていうくらいちりばめられていて、いつも見終わった後は放心状態に近いほどの感銘を受けていました。
エンディングのチリアーノという人が歌う「私だけの十字架」という歌がまた哀しくて・・・。津上刑事が殉職した時は、それを歌いながら一人で泣きました。あー、今でも思い出したら泣けてくる・・・。
本当に同じタイプの刑事がいないんですよ。トップは二谷英明さんで、一番年長の刑事が大滝秀治さん。あと、藤岡弘さん、誠直也さん、本郷功次郎さん、夏夕介さんなどなど・・・豪華メンバーでした。
今、DVDが出てるみたいだけど、あれは番組の途中にCMが入ったり、モノクロっぽい古い感じの画面がよかったんだけど・な・・。
でも、いつか買ってしまうかもしれません。スゴク高いから、今の私では買えない。
昨日、歯医者さんに行ってきました。
結果から先に言うと、来週抜歯することになりました。親知らずのせいで、歯槽膿漏になり、左下の歯の下側の骨が溶けているんだそうです。確かに、この痛みは骨でも溶けてるような痛みです。自分でも本当によく我慢していると思います。
この痛みが耐えられたんなら、抜歯の痛みも耐えられるんやろか?
決戦は11/22の午後3時半。
凛ちゃんと命のネコを持っていきます。
「命のネコ」とは、私が自律神経失調症で苦しんでいた時、生きる勇気をくれたネコのお守りです。
鉄で出来た6cmほどの置物〈ダヤンというねこ〉なんですが、一大事の折はいつも助けてもらっています。
優しい顔じゃなくて、どっちかっていうとコワイ顔なんですが、心が弱くなると叱咤するようににらんでくれるんです。
凛ちゃんと「命のネコ」が一緒なら、頑張れます!はずです!はぁ~。
この間から、歯医者さんに通っています。
本当は、一ヶ月くらい前に違う歯医者さんで親知らずを4つ抜くように言われて、口腔外科のお医者さんに紹介状を書いてもらったのですが、怖くて行けず、けれどもう痛みの限界で、結局、その紹介してもらった歯科に行きました。
お医者さんは優しい人で、恐怖感は薄らいだのですが、とにかく、もう怖い一心で・・・。
結局、親知らずは何本か抜かなくてはいけないようです。
久々に歯石を歯科助手(?)の方に取ってもらったのですが・・・小一時間かかったような気がする。
昔みたいにがりがりやられても痛くなかったですが、ずっと口をあけているのはしんどいですね。
その間、ずっと凛のことを考えていました。
散歩に行った時のこととか、遊んでいる時のこととか・・・。
おかげで、少し安寧を保っていられました。
一週間に一度くらい通って、この先の治療を決めていくようです。
また、凛ちゃんの思い出グッズを持っていくぞ。
本当に歯医者さんに行くくらいなら、おとなしく死んだ方がましだと思うくらい怖いんですから。
痛いところをがりがりやられたところが、毎晩眠れないくらい疼いて、痛み止めを飲んでいます。
コワイほど、よく効く。
この頃、人生について考えます。
あと何年生きるんだろう。
その日暮らしに生きているから、人生設計というものが見えない。
前はちゃんと計画立てて、頑張っていたんだけど・・・。
知らない間に歯車が壊れて、毎日を生きていくだけで精一杯になってしまった。
どこでどう壊れてしまったかなんて考えてもしかたないし、明日以上の先を見て生きていかなきゃならないんだけど・・・。
夢がずっとあって。それがあるから頑張れてきたのも事実だけど、その夢があるがために地に足のついた生活が送れてないっていうのも事実。
どこかで【いつか】っていう夢に甘えすぎてるんでようね。
明日から、明日から、って思うんだけど、自堕落な生活にどっぷりつかっちゃっているから、なかなか抜け出せない。
本当にダメだ、こんなんじゃ。
自分がますます嫌いになる。
これを機会に、今日からちゃんとしようと思います。
風邪が治るどころか悪化しました。
なんだか思考力も低下しているし、声もものすごい鼻声だし、こんなので大丈夫か?!って感じなのですが、仕事に行かなくてはならない・・・。
でもはっきり言って、この声で「いらっしゃいませ」なんて言われたら、お客さんも引くだろうな。
正直、風邪がうつるんちゃうかって思われる~。
私だったら、絶対思います。
そんな店員さんのいるとこは避けるかも。
ってことで、今日のお昼からの売り上げはダメダメでしょう。
ゴメンナサイと先に謝っておきます。
風邪が治りません。
ひどくもならないけど、いつまでも喉が痛かったり、熱っぽい。
仕事を休むほどじゃないけど、しんどいのは辛い。
頭、ぼーっとしますしね。
風邪薬飲んだら、よけいに眠たくなってだるだるになるだけだしな~。
すでにやる気ゼロです。
いつもやる気ないっていうのに、余計にって、どうなの?
ま、仕方ないので行ってきます。
みなさんはご存知でしょうか?
「ポアンカレ予想」って。
なんでも、えらい数学者が何人も挑戦して、みんな解けずに挫折したという難問中の難問なんだそうです。
その、100年間解く事が不可能といわれていた方式を見事解いた人が実はいたとか。
で、その人はその功績を讃えられて、数学界の中で最も権威のある賞をおくられたのですが、結局、彼はその賞を辞退して、今は行方不明に近い生活をされているのだそうです。
数学かぁ。嫌いじゃなかったです。でも、今はさっぱり。
数字は結構、好きです(覚えるのは苦手ですが・・・)。
好きな数字があって・・・。その数字を見ると落ち着くし、ストレスが下がります。
N4で、その数字の並びを一点買いし続けたら、いつか当たるかなぁ。
N3を語らせると、私はうるさいです。一時期は雑誌を買ってかなり熱心に研究しました(当時の雑誌の袋綴じについている予想はかなり当たっていました)。
では、このブログを見ていてくださる方だけに私の研究の成果をお教えいたしましょう。
1.日付(月日)がたいてい入っている。(10/24なら、1024のどれかの数字が入っている場合が多い)
2.引っ張り数字がほとんどある。(たとえば前回367だったら、次は3か6か7の数字が使われる)
3.偶数ばかりとか、奇数ばかりという数字は少ない(例:468、157etc)
4.その時期に強い数字と弱い数字が必ずある。(統計をとっていくと、最近よく出る数字と、なかなかでない数字がわかってきます)
5.三つの数字のうち、どれかを足すと和が9になる場合が多い。(例:127、368、450etc)
あと、この数字にはこの数字が縁があるとか、いろいろ・・・。
でも軍資金がなかったですからねぇ。毎回5つくらいに絞るんですが、削ったほうが当たっていたという悔しい思いをたくさんしました。
せめて、20くらい買えるんだったら、かなりの確率で当たっていたと思います。
またなんかの拍子でお金が貯まったら、買ってみたいなと思いますが、そんな拍子なんてあるわけがありませんから、まずムリでしょう。
第一、今はそんなお金があったら、ねこのエサを買います!
季節の変わり目はよく風邪を引きます。
今もちょっと怪しいです。のどが痛い・・・。
こういう風邪の引き始めは、「首」とつくところを暖かくするといいとか。
首、手首、足首。
確かに、その部分が特に寒さを訴えているような。
一度風邪を引くとなかなか治らない体質なので、本気で予防しないと。
睡眠不足も風邪の大敵だから、早く寝ないと・・・とは思うのですが、こればっかりは眠くならないんだから仕方がない。
不眠症とまではいきませんが、眠りは浅い方だと思います。
余談ですが、乗り物に乗っている夢をかなりの頻度で見ます。
バスとか、電車とか。
駅は結構、同じ駅が出てきているような気がするんだけど。
たいてい、一人旅です。でも、ともだちと乗っている時もあります。
帰ろうとしているのか、出かけようとしているのか、それは定かじゃないんですがやけにリアルに車内の情景を覚えています。
まぁ、嫌な夢じゃないんでいいですが。
実際、バスに乗るのも電車に乗るのも好きです。
ただし、空いてる場合に限ります・・・。
よく仕事で失敗をします。
さすがに塾の方はもう長いのでそうないんですが、もう一つの和菓子屋さんの方はなにかしら一つは毎回、やらかしているようです。
ようです、というのは自分では失敗ってほどに思わないんだけど、どうやら実はそうだった・・・という・・・のもたまにあって。
あ~、なんか抽象的でわからないですよね。
結局のところ、ダメだしが多いんです。
「そんなささいなこと・・・」って、思えるようなのでも、チェックが入ってしまう。
仕事なんだから、それでお金をもらっているのだから、厳しいのは当たり前だと思うけれど、時折イラっとしてしまいます。
まだまだ人間が出来てないなぁ。
しかも、気まずくなったり、関係が悪くなったりするのが嫌で、「それは違います」的なことが言えない。
「ですよね~」みたいな終わり方をしてしまう。
自分の正当性を言って虚しい思いをした経験があるから、余計かもしれない。
ことなかれ主義を貫くようになってしまった。
なんだかな~です。
そういう時、心の中ではかなり拗ねた自分がいるので困ります。
家に帰って、モモやうちのねこを見るとどんだけ血圧が下がるか。
多少のわがままや、いたずらも大目に見てしまいます。
でも、これはあんまりじゃないですか。
凛の写真もけとばして上がった挙句、凛ちゃんのイチゴハウスによじ登るなんて。
思わず言ってしまいました。
「凛が泣くー!」
何が嫌いかって、パソコンの画面に出てくる砂時計マーク、あれ、ちょっとイライラしませんか。
パソコンの調子があまりよくなくて、よくフリーズするんですよ。特に、朝、具合が悪い。
私と一緒で、寝起きが悪いのか?
どちらにせよ、買い換えるお金もないし、頑張ってもらわなくては。
テールが気持ちよさそうに寝ています。
大きいけれど、とてもやさしい子。
うちの甥っ子が、大好きで、お互いに弟だと思っているみたい。
一緒に写真を撮ったのですが、甥っ子の表情がとても幸せそうで・・・。
今日、その写真を送ってあげました。
きっと、喜んでいるだろうな。
モモは相変わらず、子猫しています。
名前がまだよくわからないのか、「モモ」と呼んでも、軽く無視されます。
耳は聞こえているのは、音に反応するので確かなのですが、人の声にはあまり反応しない。
それと、モモは鳴かないのです。
ニャーと鳴かない。
母はもうすぐ、鳴くようになると言いますが。
もしかすると、ずっと鳴かないままかもです。
鈴の音だけがちりんちりん、モモの気持ちを教えてくれています。
モモの声、聞きたいなぁ・・・。
父は阪神タイガースと桂枝雀さんの落語が好きでした。
球場には見に行ったことはなかったのですが、TV中継は必ず見ていました。TV中継がない時や、途中で終わった時は、ラジオのスイッチを入れ、お風呂でも聞いているくらい、阪神命の父でした。
阪神が負けたときはいつまでも悔しそうでしたし、反対に勝った時はものすごく嬉しそうでした。
仕事が終わったらまっすぐ帰ってきてくれる父でした。子どもの私たちをいつも一番に考えてくれる、本当にやさしい人でした。
結局、父には何も返せませんでした。
ありあまるほどの愛情をいっぱい授けてもらったのに、親孝行ができなかったことがいつまでも悔やまれます。
病室で、眠れないからと言った父に差し入れた枝雀さんの落語のCDを、私も悲しい時、よく聞いています。
それを聞いている時は悲しいことを忘れられるから。
この間、NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」で同じせりふを聞き、父のことを思い出しました。
父もその落語を聴いている時は、病気のことを忘れられていたのでしょう。
もっと、もっと、父と話したかったし、親孝行もしたかった。
ごめんなさいしか、言えない娘だったね。
もうすぐ、父の誕生日がやって来ます。
阪神タイガース、頑張って勝ってくれないかなぁ。
和菓子屋さんでバイトをしています。
前にも言いましたが。
いつまで続くかと思いましたが、家から近いので、結構続いています。
(交通手段が自転車しかないので、絶対近い距離のとこじゃないと困るんです。台風とか、大雪とか、何があるかわかりませんから。)
シフト制なので、五時間で交代するのですが、立ちっぱなしはしんどいです。
疲れてくると、やはり目の前の商品が食べたくなります。
みたらし団子、くず餅、豆大福、栗大福、栗ようかん、おはぎ、柏餅・・・・。
私は甘党ではないのですが、それでも、毎回、買って帰ってしまいます。
母もそれが楽しみのようです。
おみやげって、なんであれ、嬉しいものですよね。
そうそう、モモにも今日はリボンを買って帰ってあげました。ちょっと幅が太めだったので、もう少し大きくなってからね。
同じデザインの、色違いの服を結構持っています。
たいていが、暖色と寒色のツーパターンです。
気分的に明るい気分のときは暖色系を着ますし、そうでない、落ち着いた気分の時はブルー系の服を着るからです。
ブルー系の服を着ると落ち着くんです。
安心するといったほうがいでしょうか。
なので、イライラした時とか、落ち込んでいる時はブルー系の色の服を着て仕事に行きますね。
このごろは、ホント、ブルー系のばかり着ています。
結構、くだらないジンクスとか信じていて、失敗をよくした時に来ていた服は、自分の中でほとぼりが醒めるまで、着ないです。
案外、そうやって、自分の情緒をコントロールしているんだなぁ、と思います。
鬱のときは、それなりに、それ以上悪くならなしようにセーブしているというか・・・。
結局、あがいても仕方ない時があって。
時間に救われていっているって感じでしょうか。
自然に、「あっ、辛い時から抜け出てる」と思うことがあります。
反対に、いつまでたっても抜け出れないときもありますが・・・。
凛はおとといと、昨日、オシッコの出が悪かったですが、今日、その分、少し多めに出て安心しました。
でも、また明日はどうなるかわからない・・・。
かわってやれるものなら、今すぐにでもかわってやれるのに・・・。
一日、一日が勝負です。
昨日は初めて一人でお店の番をまかされました。
6月30日は【水無月】というお菓子を食べる日でした。
【水無月】は1年のちょうど折り返しにあたる6月30日にこの半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願するために昔から食べられていたそうです。 (水無月の上部にある小豆は悪魔払いの意味があり、三角の形は暑気を払う氷を表しているといわれています。)
でも、こんなに売れるとは思わなかった・・・。
とにかく、ホントに忙しく、自分の分を買って帰ることさえ忘れていたほどです。
まだ、仕事、好きにはなれないけど、とりあえず一日々、頑張ってこなしているって感じでしょうか。
帰ったら、また凛が出迎えてくれました。
今日は仕事に行く前から、べったりで、珍しいな~と思っていました。
やはり、体がしんどいときは人でも動物でも、誰かそばについててほしいんでしょうね。
おしっこは、相変わらずで・・・。
でも、だっこして、揺すったり、ポンポンとオシリを叩くと、刺激になるのか、はたまた、沈んでいたストルバイトが浮き上がるのか(??)、何もしないよりは出ているような気がします。
凛もだっこのあと、すぐトイレに入りますし。
もう、なんでもいいから、やってみているんです。
凛は今、私のベッドの上で寝ています。熟睡しています。
寝ている時くらい、楽に寝かせてやりたいです。
正直、ブログを書く元気がないです。
凛、よくなってると思いたいけど、わからない。
先生は、とにかく、少しでも出ていたら(オシッコが)、管を通さず、エサと薬で治していったほうがよいと言われました。
少しは出ています。
でも、水を飲んでくれないし、エサも本当に少ししか食べなくなっちゃった。
凛の鈴の音が元気な頃はやかましいくらいに鳴っていたのに、今ではかすかに時々聞こえるだけ・・・。
なんでこんなことになってしまたんだろう。
元気になりかけていたのに。
悲しい顔が張り付いて、やめられない。
凛のエサと薬代のためにもう一つ仕事を増やしたけど、少しも身が入らない。
仕事を楽しいと思うのなんて、(贅沢なことなのかもしれないけど)、きっとムリ。
ニコニコ笑って、おじいちゃん、おばあちゃんと話してられるけど(先輩は)、なんでそこまでしなきゃいけないのと今日は強く思ってしまった。
その和菓子屋さんって、井戸端会議的なところだったんだと初めて知った。
友達としゃべるのは好きだけど、見ず知らずの人とそんなに親しくは出来ない。
心が狭くなってる。
狭い町だから、悪い意味でもうわさは広がるし(放送局的なところがある)。
本屋さんの時はもっと、店員と客との間がシビアだったから、楽だった。
私、もうひとつ、吹っ切れてないな。
・・・働くって、そういうことじゃん。
ちょっと、しばらくは苦しいかもしれない。
でも、決めたことだから、やれるところまで頑張ろう。
どっちにしろ、働かなきゃいけないんだから。
*葛餅、買って帰りました。自分とこのお店の商品のことを知らないというのはダメやろうと思いまして。一個63円。大きな笹の葉で巻いてあって、つるんとのど越しも涼しく、上品な甘さでおいしかったです。一日一種類づつ、買って帰ることにしました。
たぶん、草を食べさせたのが悪かったのだと思います。
観葉植物を食べようとしていたので、それよりはと、少しぐらい仕方ないか・・・っていう軽い気持ちで、凛が草を食べているのを知っていながら、見逃してしまいました。
他の子には大丈夫でも、凛にははっきり言って毒でしかなかったのだと、こうなって初めてわかりました。
凛の体質がそういう特殊な体質なんだということの認識が甘すぎました。
エサをなんとか食べてくれるので、まだ安心ですが、頻繁にトイレに入ったり、あちこちでしゃがんだりしているのを見るのが本当に辛いです・・・。
また、そうさせてしまった自分が情けない!
少しでも運動量を増やすように、散歩に行きました。
ここしばらく、外壁塗りに来られていたので、なかなか連れ出せず、そのストレスもたまっていたんでしょう。
本当にまた苦しい目にあわせてしまって、ゴメン!!
凛ちゃん、草を食べられないのは辛いだろうけど、凛の体のためだから我慢しようね。
昨夜はそんなので、よく眠れず(フクも夜中の3時に帰ってきましたし・・・)、今日は新しいバイトの初日でしたが、冴えない頭と顔で行きました。
先輩の方がとても親切な人でよかったのですが、覚えなければいけないことがいっぱいあって、頭の中はパンク寸前です。
お菓子の名前、値段、材料、注文の聞き方、包み方etc.。
スーパーの入り口付近にそのお店はあるのですが、そのせいかお客さんもしょっちゅう来られるし、なかなか忙しい。
とにかく、明るく、頑張るだけです。
接客技術はおいおいということで・・・。
栗が丸ごと入ったのとか、葛餅がおいしそうでした♪
三日ほどまえくらいから、凛は私と一緒に寝てくれなくなりました。
凛の病気にはストレスがよくない・・・ってことは、何度も書いていますが、そういうこともあって、夜、母の部屋にも行けるようにしたのです。
そしたら、案の定です。
籐の椅子に陣取って、朝まで母のところに入り浸りです。
明け方になると、母の布団の中に入ってくるんですと。
あ~、妬けちゃいます。
やっぱり、母の方が好きなのかなぁ。
テールも母の膝が大好きだし、プリンもっ母っ子だし。
かろうじて、フクちゃんだけは私にくっついてくれますが・・・。
でも、凛が母に・・・というのは、悔しい。
どうしてくれよう。
頑張って、トロトロの甘々にするしかありませんなぁ。
ちょっと、虚しい日々だったりします・・・。
そうそう、今日の午前中、勇気を出して、気になっている求職の場所へ電話しました。
明日、面接です。
働く場所は家の近くなのですが、本社というのが、ちょっと遠いところにあって・・・。
アルバイトなのに、なんでそんなとこまで行かなきゃいけないのか・・・ってくらい、遠いです。
しかも、バス・・・予約しないと運行しないほどの田舎です。
予約、しました。帰りのも、しておきましたとも。
向こうさんは週4,5日程度が希望らしいですが、私はもう一ヶ所の本職(?)のところとの兼ね合いもあり、週3日を希望しているんですよね・・・。
自転車で通えるし(働く場所は)、よく行くところだし、前バイトしていた本屋さんにも近いし、私にはベストなんですが・・・。
決まったら、何屋さんか言いますね。
ネコの毛がよく抜けるので、ブラッシングが欠かせません。
でも、ねこの皮膚って、すごくやわらかいじゃないですか。
凛なんて、どっちかというと細くて骨ばっているのでブラシなんかで擦ると、ちょっと、痛そうなんですよね。
痛くないラバーブラシもあることにはあるんですが、あれさえも嫌がります。
で、凛とフクには、ノミ取り櫛ですいています。
結構、よく取れますよ。
でも、ちょっと、不安なことが・・・。
実は凛の黒い毛は上っ面の部分だけで、中の方はなんと白いんです。
しっぽの方も、頭の八割れのところも、背中のところも、全部そんな感じで生えています。
で、ブラッシングをするようになってから、なんか黒が少なくなってきたような気が・・・。
試しに、黒いところをめくるように見ると、中は真っ白。
ひゃ~です。
フクやプリンは真っ黒のところは根元まで黒いっていうのに。
ちょっと、あんまり黒い部分は触らないようにしようかなぁ・・・。
そうそう、今日求職の電話をする予定でしたが、いろいろまた考えているうちにお昼になり、お昼からしようとしたところ、母にそういうものは、午前中にするものだと諭されました。
はい、そのとおりです。
昨日もそう思って、今日ってことにしたんでした。
なんとも、踏ん切りのつかないヤツです。
でも、やっぱり、考えてしまうんですよ、あれこれと・・・。
考えなければ、前に進めるとわかっていても、つい慎重になってしまって。
先々、考えるのは悪いクセです。
明日は、土曜日ですが電話してみます。
案外、もう決まっちゃいましたと言われそうですね。はぁ~。
昨日の続きですが、『じゃりン子チエ』には胸のすくような場面がいっぱい出てきます。
私は、主人公のチエちゃんが大好きです。
健気というだけでなく、カッコイイ!
チエちゃんは、自分の境遇を嘆くのではなく、『明日は明日のお日様がピカピカやねん』と、どんなことがあっても常に前向きで、負けるもんかと立ち向かっていく女の子なんです。
お店を何度もテツのバクチ癖で取られそうになりますが、その度に自分の力でそれこそ、命がけで取り戻します。
ある時なんかは、甲子園に出たことのあるピッチャーと対戦をして、絶体絶命のピンチに陥りますが、そんなときにでも、「かんけいないわいっ!!」って、逆転ホームランをかっ飛ばしてしまう。
「こっちは、生活がかかってるんや!」
甲子園のプライドをズタズタにされた大人に、彼女はそう言い切ります。
もう、胸がスーっとします。
時々、無性に見たくなるアニメです。
このビデオを再生しているときは、疲れたり、落ち込んだりしているときが多いかもです。
なくなったら、どうしようってくらい大事なビデオです。
アリの巣がある所とか、ネコの好きな場所(よくたたずんでいる場所)は、気が集まるところだとかで、そういう場所に宝くじとか、置いておくと、当たるんだそうです。
本当かウソか知りませんが、なんかの本で読みました。
あと、これはネコとは関係ないんですが、目をつぶって、自分の部屋を思い浮かべ、自分がどこにいるか想像して、思いついた場所に本当は自分の守護神がおられるのだとか・・・。(私の場合、なぜか【部屋の入り口】でした)
これも、ウソか本当か知りません。
守護神かぁ、きっと、ネコの姿をしているような気がします。
人の受け売りばかりで、申し訳ないのですが、田辺聖子さんが、NHKのインタビューで話されていたことが、ずっと頭に残っています。
『死にたい』と言う言葉は、癒しの言葉だそうです。
それを、声にすることによって、現実から離れた場所に自分を逃避させることが出来る、最高の言葉だと。
本人には、そういう意識はなくても、それを、発することによって、ずいぶん楽になるのだそうです。
私もそうつぶやいたことは、何度もあります。
本気で、そう思ったわけじゃないけど、それくらい辛いという意味で、つぶやいてしまったのだと思います。
そうつぶやくことによって、『ああ自分はそのくらい辛いんだ。じゃあ、泣いたって,悲しんだってしょうがないじゃん・・・』って、開き直ったというか。
たしかに、楽になれたような気がします。
『死』なんて、決していい言葉じゃないけど、救ってくれることがあるとは思ってもみませんでした。
雨が降っています。
風もかなり吹いていて、雨戸がガタガタ言っています。
夕方、出かけて、帰らない猫がいて、こんな夜は特に心配です。
庭木を伝って、私のいる二階に帰ってくるんですが、冬はちょっと大変です。
屋根瓦が、雪などで凍ると、猫がすべるんです。
ツツツー・・・って、下まで落ちそうになるので、ハラハラします。
どうしても、上がれない時は、シーツのような長い布をロープのように投げて、その上に乗ったところで、えいこらと引き上げます。
ウソの様な、本当の話です。
フクちゃん、早く帰らないかな・・・。
また、徹夜かな・・・。
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