三連休のせいか、お店の方がスゴク忙しくてヨレヨレになりました。
ゆうべは下弦の月がティアラのように綺麗で、そのことを書こうかと思っていましたが、まったく頭の方が使い物にならずそのまま寝てしまいました。
一人しか、お店には常駐していないので、土日、祭日は忙しいのなんの。
昨日もお客さんが集中して、パニクリました。
久しぶりに、パニック症候群の症状が出そうになりました。
私の場合、この病気とはもう長いつきあいになるので、どういう場合に出てくるかというのは自分でわかっています。
「あっ、来るぞ」って、感じです。
全くなんの予兆もなく、なるのではなく、そうなる条件がそろった時にそれに襲われます。
不安というのが一番の大きなファクターですね。あと、プレッシャーとストレス。
例えば、一人のお客さんがお菓子の詰め合わせを5箱頼まれたとします。
その詰め合わせのお菓子を賞味期限の新しい物から選び、化粧箱に詰めて、のしを書き、包装し、というのをたった一人で、五箱作らなければいけない。その間、他のお客さんがやってくる。その人にも応対しなければいけない。五箱のお客さんはこちらの方が先客なのにとイライラされていないだろうか、どうしよう・・・、でも、次々お客さんはやってくる・・・。
どう考えても自分の処理能力を超えていると判断し、「もうダメ」と思った瞬間、ブラックアウト・・・という具合です。
本当にそこでブラックアウト出来たらいいのですが、(というか、したことはないのですが)、実際、そこでぶっ倒れるわけにもいかないし、「ちょっと気分が・・・」と言えない状況だと蒼白になりながらも最後までやらなければならない。私しかいないのだから。
結局、鼓動はバクバクで、貧血で、血流が悪くなってるから手足が氷のように冷たくなってきて、声は震え、手も震え、頭は破裂しそうで怖いし・・・と本当に地獄のような苦しみです。
そういう状態を脳が記憶しているので、同じようなプレッシャーのかかる状況に陥ると、「また前みたいになったらどうしよう」と思っただけで、フラッシュバックし、例の症状が出てきてしまいます。
初めてこの症状に襲われた時は、何にもわからなかったので、死ぬかと本気で思いました。
たまたま、体調がよくなかったときに、誰も助けの来ない状況で自分の処理能力を超える忙しさやプレッシャーにたまたま見舞われて、負けて・・・という経験がトラウマになってしまったということでしょうか。
プレッシャーに弱い人間のくせに、人に弱みは見せられない。
そういう性格も災いしていると思います。
一時期は地下鉄や特急に乗れない時もありました。〈満員の特急に乗ってて気分が悪くなった時、降りられない→楽になれない→もしここで倒れたらどうしよう・・・というので例の症状が出ました。地下鉄の時も同じです)。
自分で「無理」って決めてしまうんです。
あんな苦しい思いをするのは絶対嫌だから。
でも、それと同じだけ負けず嫌いなところもあって、「こんなことで負けてられるか!」って、少しづつ乗るようにしたら、克服できました。
でも克服できないものもあります。
美容院で一度しんどくなって、それ以来、美容院に行くと必ずそれが出ます。
椅子に座って、ケープというか大きなエプロンみたいなのをかけられたらそれが合図、みたいに〈椅子に縛られて自由になれないという観念から)。
「また気分が悪くなったらどうしよう」という思いがふっとよぎる。そうすると、急に強い不安に襲われる。(じゃぁ、お店の人に「気分が悪い」と本当のことを言えばいいのに、心配や迷惑をかけそうで言えないときている)
自分でも顔が蒼ざめ、血が流れてないようなのがわかります。頭の方は酸素がいかないから、痺れたようになってくるし。でも、そういう状況をもう止められないんです。
自律神経がかかわってくるようです。
こうなると自分で支配できるのは、呼吸法をゆったりとしてみるとか、自分の手を自分の爪で血が出るくらい傷つけ、意識を取り戻す・・・ということしかありません。
私の場合、そうやって、月一回のカットに通っています。
もう慣れたとは言え、正直、命をかけているって感じです。
でも、結局は自分の病気だから、自分でどうこうするよりないじゃないですか。
こういう症状になってしまう自分を嘆くより、うまくつきあっていくことを考えるしか・・・。
たぶん、強い強迫観念に縛られているんだと思います。
逃げられない状況に置かれた時の弱さ・・・が病気に繋がっていると。
特急、地下鉄しかり、美容院の椅子しかり、忙しいお店しかり。
でも、それは生きていく上で避けて通れないことなんです。
この病気は強気でいないと負けてしまう。
この病気に負けることは人生に負けることと同じ。
だから、なんとかうまく飼いならして、克服してみせる。
生きるって、私にとっては戦いみたいなものだから。
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