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2009年6月10日 (水)

他者があっての存在意義。

人間は生きている限り自分の存在意義を模索しているのではないかと思う。

そこには『自己満足』という一見、自分本位の私欲もあるにはあると思うのだけど、私は別にそれを悪だとは思わない。

『自己満足』と他者の中における自分の存在意義が重なったら、それはそれでいいことだと思うのだけれど。

私の場合、自分の存在意義は他者との関係の中で存在する。

というか、他者がいて、初めて自分の存在意義を思う。

たとえば。

私は店で働いていて、正直、このまま終わるのかとか、自分の終着点はどこにあるのかとか、よく考える。

でも、そういう混沌とした、漠然とした未来はあまり自分を動かさない。

だけど、ある人物にとって、自分がその場所で働いていることによって、安心したり、元気になったりするんだとしたら、もうそれだけで、自分は役目を果たしているという気になる。

私にとって、それはよく来られるおじいさんなのだけれども、そのおじいさんは私がそこで働きだしてからずっと声をかけてくれて、笑顔を見せてくれて、私のときだけに買ってくださる唯一のお得意様と言っていい人です。

だから、しょっちゅう会っているわけではない。

この日に私のシフトがはいているからと知っていて会うわけでもない。

たまたま、スーパーに買い物に来た時に、私のシフトの時で、『今日も顔を見てしまったから、なんか買うわ』という風になるだけだけど、それでもとても嬉しそうで。

長く見ない時は、私も心配になるし、おじいさんも『ひっさ(久しく)見なんだなぁ』と目を細めて言ってくれる。

結局、浅い関係だとしても、その人の生活の中に自分が楽しいと位置づけられる存在であって、いつまでも続いてほしい(私がその店にいる)と思ってくれているのなら、私はそのことだけでも今の店にい続けなきゃと思う。

いつまで、と言われたら、そのおじいさんが買いに来られなくなるまでってことになるのかもしれないけど。

長く、難しそうに書きましたが、結局、いろいろ嫌なこともあったりして働く意欲もなくなっているけど、そのおじいさんのためにそこにいるという、それを根っこに頑張っていこうと思う。

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